見まごう邪馬台国

◇不彌国

  東行至不彌国百里 官曰多模 副卑奴母離 有千余家

 不[pıuəg(pıuət)][pıəu(pıuət)][fəu(pu)]=花萼の形象、後代、大きいと云う語義に派生する。
 彌[miər][miə(mbiə)][mi]=本来、「爾」、豊かな毛髪と女性の美しい文身、弓を男性のトーテム。

 使われる漢字の音を併せると、訓みは「ピゥァッミェ→プァメ→ハメ(馬銜)」で、その語義を考え併せると、美しい文身を施した巫女(卑彌呼等)を輩出する国で、伊都国の官爾支(弓) が男弟として佐けた。例えば、「記紀」天孫降臨条、葦原中国が騒がしいので平定せよと天鹿児(天之麻迦古)弓と天(天之)羽羽矢を授かり、遣わされたが、 その娘を娶り、大国主神に媚び諂い返り事をしない天稚彦(天若日子)の胸を返し矢が貫き死ぬと、「記」イザナギがイザナミとの子火神カグツチの頚を斬った 剣伊都尾羽張(亦名天之尾羽張)神裔とされる建御雷之男神→建御雷神に拠る出雲国譲となり、邪馬壹国伊都国連合が成立する。その後、対立する狗奴国(建御名方神→八坂刀賣)に敗れて、支配権の象徴(金印「親魏倭王」)と卑彌呼の宗女「壹與」を奪われて邪馬国を標榜されたのか、邪馬国伊都国連合は宗女臺與(豊)を伴い東遷する。

 ○多模
 多[tar][ta][tuo]=(字統)生け贄とする肉を重ね、多くの肉を表すとある。
 模[mag][mo(mbo)][mu]=莫(法則)+木=版木と在り、手本から作る(模倣)。

 使われる漢字の音を併せると、「タルマッ→タマ(玉)」、語義を考え併せると、多くの生け贄を捧げて祈り、手本を示す役職(巫覡や神官)、對海(たま) の近似音になる。尚、前項の奴国と、この不彌国にも對海国や一大国と同名称の副卑奴母離とあり、邪馬壹国と伊都国連合に服属、祭祀権を剥奪され、一大率か ら派遣された役人の管轄下、大倭(=卑狗)に河川航行と交易権を監察された。本来、多模(たま)は、對海国と一大(イタ→イト)国等、海民を束ね、その祭 祀、神事や亀卜等を掌る委奴(ワヌ)国王だったが、伊都国の官爾支(ヌケ/ニケ)に、その支配権を奪われたと考える。その訓み方に諸説ある「委奴国王」に 使われる漢字の音は以下の如く在り、委[・ıuar][ıuĕ][uəi(「倭」と同音)・奴[nag][no(ndo)][nu]とあり、「ィゥアナッ →ワナ→ワィヌ」となる。
 燕人の衞氏後裔を支配者層とした矛や剣を神器とする伊都(ヤァタ→イツ)国は、鏡を神器とする箕子朝鮮の王族や官吏を上層部とする委奴国連合の對海国や 一大国を服属させ、諸国を検察する官吏(武人と文官)の役所一大率から派遣された。海上交通の要衝に位置する對海国や一大国には官卑狗と副卑奴母離が置か れるが、邪馬壹国と伊都国連合の意向に順ったのか、その一官僚として命脈を保ち、名を連ねる。
 「記紀」当初、邇邇芸命(瓊瓊杵尊)=委奴(鰐)国王の娶った大山祇の娘木花咲耶姫(木花佐久夜毘賣)と姉磐長姫(石長比賣)=別種の倭人に別れるが、 遅れて渡来した山幸彦(伊都国爾支)に海人豊玉彦(委奴国王多模)と娘豊玉姫(卑弥呼→宗女臺與)は服属するが、兄海幸彦(官狗古智卑狗)と葺不合(卑彌 弓呼)は南下して、海民(陸鰐)国の邪馬壹国伊都国連合と対立する。その後、妹玉依姫(卑弥呼→宗女壹與)と繋がった葺不合(狗奴国王卑彌弓呼)に伊都国 王と臺與(豊)は敗れて東遷する。「仲哀紀」徳勒津(とくろつ)を出発され、山口県浦郡周辺の穴門に行幸~云々と在り、神功皇后の新羅討伐に住吉系海民(志賀島)が助力したと云う。
 上記の如く、謨・模[mag][mo(mbo)][mu]や馬[măg][mă(mbă)][ma]と在り、四声等、微妙な違いはあるが、上古音「マ」の近似音が使われる事からすれば、漢字が持つ語義を無視してはならないと考える。

弓= 矢(血胤)を番えて放つもの。弓忽山(kom-kol)を弓を神器として奉納した扶余族の神山(kom-tal)=熊山とする。ただ、「忽」=俄な様 、糸(し)の十分の一。ユルガセ=心を緩める様、疎かにする様、いい加減な事と在り、新羅の時代、疎かにされ、忘れられていたが、神聖の太祖王建が奉祀 し、興した国が高麗(こま→クマ)とされる。弓の弦を鳴らして新生児の邪気を祓うので、弓を神器とした遊牧騎馬民扶余族や満州族(女真)も邪馬壹国や大和 朝廷の構成員の一つと考える。
伊都=訓みを「ヤータ(八咫)」とすれば、鏡の国だが、「ヤハタ(八幡)」に転音する と武神(清和源氏)、「イツ(伊都→稜威)」だと矛や剣の神ともなる。茨城県鹿嶋市宮中にある元官幣大社、常陸国一の宮鹿島神宮の祭神武甕槌(タケミカ ヅチ)神、経津主神・天児屋根命は、剣神伊都尾羽張(甕速日神)裔孫とある。古来、軍神として武人の尊信が厚い。尚、「記」建御雷之男(タケミィカヅ チ)神の亦名として建布都(たけふつ)・豊布都(とよふつ)とあり、出雲国譲は、当初、豊(臺與)系の国譲りだが、その後、反対に建(壹與)系が国譲りし た事を隠匿して記述する。
徳勒津=漢字の音や語義を考え併せると、勒[lək][lək][ləi]=馬を馭す る革紐、勝手に動かない様に引き締める(制御)、程よく調整する。古訓、あらたむ・くつわ(轡)。馬を馭し手なずけて、本来の気性を制御、革める事。この 馬=船として、倭人系海民陸鰐(くぬがわに)と韓人系沿岸航海民鰐(わに)として区別したと考えられる。また、「魏志東夷伝」弁辰の瀆盧(トクロ)国とあ り、関連が在ると思う。
四声=中国発音のイントネーションで、平声・去声・上声・入声の四種がある。 






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  1. 2015/04/02(木) 21:35:32|
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◇投馬国と記紀

  南至投馬国水行二十日  官曰彌彌 副曰彌彌那利 可五万余戸

 投[dug][dəu][t`əu]=(字統)兵仗で打って棄てる事=投棄と在り、薙ぎ払う事か。
 馬[măg][mă(mbă)][ma]=草原を駆ける馬、帆に風を受けて海上を航行する船は天翔る鳥(天之鳥船)、何れも雄のトーテムとなる。

 使われる漢字の音を併せると、訓みは「トゥグマッ→トゥッマ(苫・泊)→ツマ(褄・端・妻・夫)」、語義を考え併せると、東西何れかの端(つま)の南端に位置する国で、近似音の地名に当麻(たぎま→たいま)・田隈・田熊・託麻・宅間、但馬(タヂマ→たんば)等がある。「記紀」黄泉国から還ったイザナギが杖を投げ棄てると生る衝立船戸神(岐神)とあり、「記紀」の国々に擬えてみると、草創期、伊都国(豊葦原瑞穂国)の命で狗奴国(黄泉国→出雲)との国境監理と警備の役目を負う。前項の奴国(葦原中国)や次項の邪馬壹国(高天原)と共に投馬国(丹波)も狗奴国との南境界線上に並ぶと考えます。

 ○官彌彌
 彌[miər][miə(mbiə)][mi]=豊かな毛髪と女性の美しい文身、弓男性のトーテム。先述の「爾支」にも使われた爾(矢)を射る弓。

 漢字の音を併せると、訓みは、「ミェッミェッ→メメ(目々)→ミメ(御妻=妃)」、語義を考え併せると、「記」イザナギ大神が左目を洗うと顕れた天照大御神には高天原を治めよ。右目を洗うと顕れた月読(月・月夜見)命には夜食国を治めよ。鼻を洗うと顕れた建速須佐之男命は海原を治めよと命じられたが、亡母の山陵がある黄泉国に行きたいと嫌がる。更に、須佐之男命(卑彌弓呼)の乱暴狼藉に拠り、「記」天照大御神は天岩戸に隠り、速須佐之男命は神避いされて、出雲で退治したヤマタノヲロチの尾にあった剣(建)を天照大御神に献上し、その魂(玉+剣)を宿し、ウケヒで生した「記」正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命は、同国内の娘を娶り、火明命と天津日高日子番能邇邇芸命を生む。その日子番能邇邇芸命は天孫降臨して異国の女性に婿入りする。
 当初、委奴国系統の娘に婿入りした箕子氏(奴国)は伊都国(衛氏)が渡来すると、卑彌呼(+男弟)と狗古智卑狗(壹與と卑彌弓呼)に分裂する。「記紀」 山幸彦が豊玉姫に婿入りした様に、古来、海民や蛋民は母系制で一族内の娘に婿を取ったが、玉依姫が継子葺不合命の乳母から妻になった如く、投馬国は伊都国 (衛氏)に妻を出す国に変化したと考える。

 ○副彌彌那利
 彌[miə r][miə (mbiə )][mi]=前項と同字。
 那nar][na(nda)][na]=(字統)冄(ぜん)声、「冄」は日母(じつぼ)で、燃・熱等の声がある。枝のしなやかで美しい様。
 利[lıed][lıi][li]=(字統)禾と刀に従う。金文には犂鋤や犂の形で見える。禾稲を刈り、実益を得る=利益とある。

 漢字の音を併せると、訓みは「メィメィナルェッ→メメナレ」、語義を考え併せると、御妻川→御笠川で、古代、銀河・天川(漢)を映して滔々と流れる阿利那礼川が、福岡県福岡市を縦断する御笠川東南の宝満川へと続く低地の筑 紫平野中央部の南北を貫き流れていたとも云われる。その流域、同県筑紫野市針摺や阿志岐シメノグチ等の縄文遺跡では先土器が出土した。その東南に宮地岳、 同県前原市神在の宮地岳、同市の雷山神籠石付近の怡土城跡(大門)にも宮地嶽神社がある。おそらく、「記紀」邇邇芸命(瓊瓊杵尊)の妻大山津見神の娘木花 佐久夜毘賣(木花咲耶姫)の木花(カハ→カバ→カマ)を裂く国で、先述の神功皇后伝承の雷電が踏み裂いたと云う裂田溝に関連する裂田神社(福岡県筑紫郡那賀川町安徳)、その治水を目的として造られた水城の維持と管理を掌ったが、伊都國の命で奴国と共に国境監理と警備の役目を負わされたと考える。尚、福岡県糸島市三雲の細石神社には木花咲耶姫が祀られる。


島 根県隠岐郡都万村都万、岡山県倉敷市玉島爪崎、山口県宇部市妻崎開作、宮崎県西都市妻町。おそらく、投馬国へは倭人の領域とした狗邪韓国から末盧国迄の渡 海と末盧国で船を乗り換え、九州西沿岸沿岸航海か、河川や運河に拠る水行で行ける。20日は、その合算。蛋民系大山津見神(大山祇)の娘石長比賣(磐長 姫)→木花知流比賣(河内姫)や妹木花佐久夜毘賣(木花咲耶姫=河外/琴→事)と呼ばれた人々に擬えられる。
出雲=大分県日田郡(現日田市)中津江村鯛生に「出雲岳」、西側の福岡県八女郡黒木町付近、姫御前山・石割(平野)山・御前(権現)岳がある。
邪馬台国の女王卑弥呼が崩じた後、復立卑弥呼宗女臺與(壹與)と在り、一族内の娘(宗女)から女 王に擁立し、祭祀に関わる巫女(斎女)とする。同族の男子は他氏族に婿入りする母系制で、投馬国は、その婿を出す国だったが、その権利を伊都国に奪われ た。例えば、「記紀」神武正后、比賣多々良伊須氣依姫(五十鈴姫)は山神が麓の娘に生ませたとあるが、「紀」崇神六年、百姓流離或有背叛其勢難以徳治之是 以晨興夕惕請罪神祇先是天照大神倭大国魂二神並祭於天皇大殿之内然畏其神勢共住不安故以天照大神託豊鍬入姫命祭於倭笠縫邑仍立磯堅城神籬神籬此云比莽呂岐 亦以日本大国魂神託渟名城入姫命令祭然渟名城入姫命髪落体痩而不能祭とある。その後、「紀」垂仁十五年春二月乙卯朔甲子喚丹波五女納於掖庭 第一曰日葉酢媛 第二曰渟葉田瓊入媛 第三曰真砥野媛 第四曰薊瓊入媛 第五曰竹野媛 秋八月壬午朔立日葉酢媛命為皇后以皇后弟之三女為妃 唯竹野媛者因形姿醜返於 本土則羞其見返到葛野自堕輿而死之故号其地謂堕国今謂弟国訛也 皇后日葉酢媛命生三男二女第一曰五十瓊敷入彦命 第二曰大足彦尊 第三曰大中姫命 第四曰 倭姫命 第五曰稚城瓊入彦命 妃渟葉田瓊入媛生鐸石別命与胆香足姫命 次妃薊瓊入媛生池速別命 稚浅津姫命と在り、垂仁天皇(委奴国王)と丹波との繋がり を示唆、対立する景行天皇(狗奴国)となる。また、皇統を持つ持統天皇(高天原広野姫)へ天武天皇(大海人皇子)が婿入り、光仁天皇(天高紹=あめむねたかつぎ)の娘、酒人内親王の皇統(あめ)に婿入りした桓武天皇(生母百済王後裔高野新笠)等とも関連すると考える。
「日本書紀」於是、共生日神。號大日孁貴。大日孁貴、此云於保比屢咩能武智。孁音 力丁反。一書云、天照大神。一書云、天照大日孁尊。此子光華明彩、照徹於六合之内。故二神喜曰、吾息雖多、未有若此靈異之兒。不宜久留此國。自當早送于 天、而授以天上之事。是時、天地相去未遠。故以天柱、舉於天上也。次生月神。一書云、月弓尊月夜見尊月讀尊。其光彩亞日。可以配日而治。故亦送之于天。次生蛭兒。雖已三歳、脚猶不立。故載之於天磐櫲樟船、而順風放棄。次生素戔鳴尊。一書云、神素戔鳴尊、速素戔鳴尊。
正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命=天照大御神とのウケヒで速須佐之男命の剣=ヤマタノヲロチの尾にあった剣から生まれた五男神中の一人。
同国内=高木神(高御産巣日神の亦名)の娘、萬幡秋津師比賣。異国の大山津見神の娘、妹木花佐久夜比毘賣(姉石長比賣は醜いとして娶らず)を娶り、火照命・火須勢理命・火折命(天津日高日子穂穂手見命)を生む。
燃・熱=同声には「紀」伊奘冉(いざなみ)に使われる漢字「冉」が在る。旧くは、 婀那や婀儺とし、花の美しく咲く様を云う語だが、「委」=稲魂を被り、舞い踊る姿と同様のニュアンスがあり、那=儺(おにやらひ)にも通じる。当初、伊奘 冉(伊邪那美)も天降りしてきたイザナギを婿に取ったが、火神カグツチを産むと、イザナギと袂を分かち自身の息子に嫁を取り嗣がせた。尚、奴国(ナ クォ)=凪・薙・和・投とすれば、「記紀」伊奘諾尊(伊邪那岐命)が海をかき混ぜた矛から滴るものがオノゴロ島になったと在り、海人(あま)との繋がりを 示唆すると考える。
「神功紀」仲哀の妻神功皇后羽白熊鷲を討とうと松峡宮に移動中、御が飛ばされたと在り、現在の福岡県太宰府市御笠川付近とされる。また、桓武天皇の母御を百済王(くだらのこにきし)後裔、高野真妹の妹(娘)の高野新とする。
御笠郡(福岡県筑紫野市大字原田字森本)の筑紫(ちくし)神社の御祭神は白日別命 にて、後世、玉依姫命・坂上田村麿の神霊を相殿に奉祀。当社は延喜式神名帳に名神大の神格を定められる。往古、九州を筑紫と云ふ称は白日別命の神号より起 り、筑紫(筑前・筑後)の国魂にして朝廷より、当社は筑紫の国魂を祀る式内名神大社で、伝承では近くの城山頂上に祀られており、五十猛命の別名とされる白 日別神には光・明・火等を表す「白」が付きウラルアルタイ系諸族に共通する天神・祖神を示す。五十猛命の渡来伝承も青銅器生産の担い手と思しき渡来者集団 との関わりもあるかも知れない。また、背振山地東部低丘陵地帯は、弥生中期の甕棺墓地出土の中心地であり、後期の銅剣・銅矛・銅戈だけではなく、古式銅鐸 も含めた青銅器生産の中心地である。これら金属器類と朝鮮半島とは深い関係があり、弥生後期に畿内で流行する銅鐸祭祀の源流は筑紫にあるとも云われる。



  1. 2015/04/09(木) 15:06:38|
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◇邪馬壹国と官名

  南至邪馬壹国 女王之所都 水行十日陸行一月
  官有伊支馬 次曰彌馬升 次曰彌馬獲支 次曰奴佳鞮 可七萬余戸

 邪[ŋiăg(yiă)][ziă][sie(ie)]=邪なる事(よこしま・わるい)=呪術等、漢方では陰陽のバランスが悪い事、傾ぐ。
 馬[măg][mă(mbă)][ma]=前出の草原を駆ける馬、海上の船は天翔る鳥(天之鳥船)、何れも雄のトーテム。
 壹[・iet][・ıĕt][ıəi]=壷の中で発酵し、充満する=全一。

 使われる漢字の音を併せると、訓みは「ヌギァッマッイェッ→ヌガマィエ(蒲江)/ィアマィエ→ヤマィエ(山江・山家)」で、語義を考え併せると、呪 術的な巫女王を戴く連合国の首長国(全一)と云うニュアンスと考えられる。尚、後代、「シェバエ」ともされて、鯖江(さばえ)等の地名にも派生した。

 ○官伊支馬
 伊[・ıər][・ıi][i]=伊都国にも使われる漢字で、君(巫女)を補佐する役職名。
 支[kieg][tʃıe][tsi]=伊都国の大官爾支に使われる「支」=小枝を手に持ち支える事。
 馬[măg][mă(mbă)][ma]=前出の草原を駆ける馬、帆に風を受けて海上の船、天翔る鳥(天之鳥船)で、何れも雄のトーテム。

 使われる漢字の音を併せると、訓みは「ィアーキェッマッ(ィエケッマッ)→ヤケマ(焼山・八雲)」、或いは、「ィエケマ→イキマ(生目)」で、その語義 を考え併せると、女王卑彌呼(狭穂比賣→佐波遅比賣)を支え、補佐する役職(爾支)を管理する。後、臺與を支えた男性(垂仁=伊久米伊理毘古伊佐知)か。 その連合国が卑彌呼の死で分裂すると、追われて、南下していた狗奴国(狭穂毘古→景行天皇)と壹與(佐波遅比賣)が繋がり、追われて東遷する。

 ○副彌馬升
 彌[miər][miə(mbiə)][mi]=豊かな毛髪と女性の美しい文身、弓=男性のトーテム、爾(矢=男精子)を射る弓。
 馬[măg][mă(mbă)][ma]=前出の草原を駆ける馬、帆に風を受けて海上の船、天翔る鳥(天之鳥船)、何れも雄のトーテム。
 升[thiəŋ][ʃıəŋ][ʃıəŋ]=穀量を計る器、「斗」に極めて近く勺に一を加えた形。昇る。

 漢字の音を併せると、訓みは「ミェマッチィァッ(ミァマシィァ)→ミマチャ(ミマシェ)」で、語義を考え併せると、巫女を生む男婿の有資格者になる。御 体(みま)・御座(みまち→みまつ)=御真津と転音し、孝昭天皇(御真津日子)→御真津比賣(崇神=御真木入日子印恵命の后)と関係があると考える。

 ○副彌馬獲支
 彌[miər][miə(mbiə)][mi]と馬[măg][mă(mbă)][ma]は、前出の巫女を生む男婿。
 獲[ɦuk][ɦuk][huo]=鳥(作物や獲物)を手に掴む。
 支[kieg][tʃıe][tsi]=小枝を手に持ち支える=掌る。

 使われる漢字の音を併せると、訓みは「ミェルマッフッキェッ→メマゥアケ→ミマワケ(御体別)」、或いは、「ミマゥアケ→ミマキ(御真木)」で、語義に拠ると、神聖な巫女を輩出する国を補佐し、葬る役目を掌る男性(崇神=御真木入日子印恵命)となる。

 ○副奴佳鞮
 奴[nag][no(ndo)][nu]=奴国項で述べた様に海民(韓人)を伴い渡来し箕子朝鮮後裔の王族や官僚。
 佳[kĕg][kĕi][kiai]=(字統)善なりとし人の佳善なるを云う。支[kieg][t∫ıĕ ][tsi]と近音韻を持つ。
 鞮[ter][tei][tiəi]=(字統)「是」項、「匙」の初文とあり、匙状の道具で表面を平らに鞣した皮革。北方夷狄が使う言語や、その通訳と在る。

 使われる漢字の音を併せると、訓みは「ナッケッテゥ→ナクテ(中手→中臣・額田)」で、その語義を考え併せると、神祇官を補佐する祭祀官下属の女囚、北方の従順な狄人(箕子か)の通訳者と云ったニュアンスの名称になる。「奴佳鞮=額田」が正しいとすれば、北狄が漢民族でない異民族としても「倭人伝」旧百余国漢時有朝見者今使訳所通三十国とある事とも関連し、彼等は漢語に通じていたとせざるを得ず、呉音系漢人だった奴国の構成員が、邪馬壹国前代に漢に朝見した人々で、魏使の通訳だったのかも知れない。次回は、女王卑弥呼を考える。

字 統「狄」=火と犬に従う。磔殺された犬に火を加えて災禍を祓うための呪義を示し、遠ざける事、夷狄・北狄と在る。古代の中国で、北方塞外の匈奴(きょうど →ふんぬ→フン)・鮮卑(せんぴ)・柔然(じゅうぜん)・突厥(とっけつ)・契丹(きったん)・維吾爾(ウイグル)・蒙古(もうこ)等、遊牧民族の呼称と されるが、中国大陸(中原)を北回りで半島を経由して渡来した人々とも考えられる。 








  1. 2015/04/16(木) 17:14:37|
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◇女王卑彌呼

  其國本亦以男子爲王 住七八十年 倭國亂 相攻伐歴年 乃共立一女子爲王名曰卑彌呼事鬼道能惑衆
  年已長大無夫壻 有男弟佐治國 自爲王以來少有見者 以婢千人自侍 唯有男子一人給飲食傳辭出入
  居處宮室樓觀城柵嚴設 常有人持兵守衞

 本来、その国も男子の王を為し、70~80年を住まう。倭国乱れ、互いに攻伐する事、年を歴る。そこで一人の女子を女王に為す名卑彌呼鬼道を能くし、衆を惑す。已に年輩だが夫婿はない。男弟有りて佐け治む。王になってより、姿を見た者少なし。婢千人で以て侍る。唯男子一人有り、飲食の世話と伝辞で出入りす。居処、宮室と樓觀や城柵を厳かに設け、常に兵器を持つ人が有り、守衛す。

 卑[pieg][piĕ][pi]=酒を注ぐ柄杓を手に持つ形。
 彌[miər][miə(mbiə)][mi]=前出、「爾」で、豊かな毛髪と女性の美しい文身。弓は男性のトーテムで、爾支にも使われた爾(矢)を射る弓。
 呼[hag][ho][hu]=(字統)乎が初文、神事に於て神を呼ぶ時に用いた鳴子板の形。また、状態を表す語に付けて語調を強める語ともある。

 使われる漢字の音を併せると、訓みは「ピェッミェルハッ→ペメゥハ→ヒメゥア→ヒメワ」、語義を考え併せると、就任後、隠れて姿を見せない巫女(秘巫 女)と云うニュアンスの名称になる。これを「秘委」とすれば、その漢字音は、秘[pier][pii][pi]・委[・ıuar(・uar)][・ ıuē(ua)][uəi(uo)]と在り、これを併せると、訓みは、「ピェルィゥァル→ペ゚リワル」となる。70~80年は男王の国だったが、何らか の影響で年を歴て相功伐したが、卑弥呼を女王として共立すると、何故か、終息した。
 上記、鬼道(占星術)に長けた巫女王卑彌呼と男弟(伊都国王)は農事暦を作り、豊かさを約束したと考える。此にも「卑」の字が使われる事からすれば、銅 鏡や銅矛、銅鐸を捧げて誓約し、天帝(北極星)や天神(太陽)から命を受けたか、男弟(伊都国王)や諸国王から爵を受けたとすれば、その用字の理由や意味 が分かる。また、次項、狗奴国王の卑彌弓呼が前代の男王を輩出した系統委奴国王で、これも同系の名付け、男性トーテムの弓や剣等を捧げて誓約し、天命を受 けた王と考えられる。*巫[mıuag(mıuo)][mıu(mbıu)][wu]、覡[ɦɔk][ɦek][hiəi]
 例えば、「記紀」天降条天稚彦(天若日子)に弓矢を授けて平定(ことむけやわせ) と、騒がしい葦原中国に天降りさせるが、出雲の大国主神に媚び諂う。更には朝鮮半島の「三国史記」に見える弓忽(kom-kol)山は、弓を神器として奉 納した扶余族等の神山(kom-tal)=熊山で、弓や鉾(剣)等は男性器のシンボル、矢は父系の血胤で、「記紀」火神カグツチ(前代の王)の頚を斬った 剣神「伊都尾羽張」と在り、その剣から滴り落ちる血も同義と考えられる。尚、宮中では御子が生まれると弓の弦を弾いて音を起てて邪を祓い浄め、無事の成長 を祈念する儀式が行われた。
 続いて以下の如く傍国20ヶ国(或いは21ヶ国)を女王国以北の八ヶ国は情報を略載できるが、その余傍国は遠絶にして詳らかにできないと羅列する。

  自女王國以北其戸數道里可得略載 其餘旁國遠絶不可得詳 次有斯馬國 次有已百支國
  次有伊邪國 次有都支國 次有彌奴國 次有好古都國 次有不呼國次有姐奴國 次有對蘇國
  次有蘇奴國 次有呼邑國 次有華奴蘇 次有鬼國 次有爲吾國 次有鬼奴國 次有邪馬國
  次有躬臣國 次有巴利國 次有支惟國 次有烏奴國 次有奴国 此女王境界所盡~

 尚、道程で記された以北の九ヶ国(狗邪韓国・對海国・一大国・末盧国・伊都国・奴国・不彌国・投馬国・邪馬壹国)の一つ奴国と、此女王境界所盡とされた奴国が同国だとすれば、海上と陸上(倭地)を合わせた女王国連合(29ヶ国)と狗奴国を含め、使訳を通じて朝見する30ヶ国とせざるを得ない。尚、傍国の国名と、その意味は「傍国考」にて詳述する。 






  1. 2015/04/23(木) 16:10:54|
  2. 4.国名と官名
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