見まごう邪馬台国

◇まとめ

 日本と韓国が一衣帯水の関係にある事を鑑みるに、両言語に何らかの因果関係が在ったのは否めませんが、一方的に半島経由で思想や技術等が流入する事等、 あり得ず、日本側からも南中国や東南アジアからのものが流出しました。両者には親密な感情を持つ人々、敵対的な感情を持つ人々、殆ど無関心な人々も居り、 永い歴史の経過に拠って起こる意識の違いが、夫々の思想や宗教を変化させ、言葉の訓音や語彙が持つニュアンスの違いを生んだと考えます。
 例えば、韓国語の女性器(poji)と日本語の犬(ポチ)は妊婦のお守り、安産の象徴にされ、戌日に腹帯を買い、巻いたりする事とは同源ですが、韓国語では、犬=ケ(気?)とし、滋養強壮の効果がある高級料理とします。
 また、男性器「jaji」を日本語では「ちゃち」=安っぽい、お粗末な等とし、隠語で「摩羅」としますが、韓国語「頭(moli→mara)」や、男性のトーテムの「馬 (mar)」、モンゴル語「去勢馬=モリ」等、東アジアの言葉には似た音を持つものが見られます。更に、韓国語で女性器の別称「kinki」とし、これを 「禁忌」とすれば、倭の女王卑弥呼や、朝鮮半島の百済王族とされる百済(くだら)王後裔の女系高野新笠を御母とする桓武天皇が光仁天皇の娘酒人内親王に婿 入する等、近畿(きんき)の大和朝廷が永く母系制(女系)だった日本とは違い、儒教思想の韓国は父系(宗家制度)を重んじるため、韓国語では伯母や叔母 を、母の姉妹=imo(妹?)、父の姉妹=komo(姑母?)と、上下関係ではなく父母の系統で区別します。
 私説、「記紀」を読み解く鍵として皇統を姉(斉明)→兄(天智)と妹(皇極)→弟(孝徳→天武)の四系統に分けました。例えば、「豈(豆+山)」を、サニハカランヤ→スアニハカランヤ、とするので、「豈」を兄系、稲[dog][dau][tau(dau)]と豆[dug][dəu][təu(dou)]と、よく似た音にされ、「記」二つの目から稲種生るとし、目()=女と同訓にする事、豆(ま)と訓じる事等を考え併せ、豐=大きな高坏(山+豆)に供物(丰)を姉系豊玉姫(生母)として、大気都比賣の尻に生る大豆(真女)から兄系山幸彦と乳母玉依姫が別れ、豊玉姫(保食神)を斎き祀る巫女大宜津比賣に転生したと考えます。
 また、山幸彦の御子葺不合(アヅ伎)と継母で妻の玉依姫(アヅ見)を妹兄(いもせ)→妹背とし、「紀」眼中になる稗の同系字の婢=小さい女→妹系が生む末弟(麦=武岐)の神(他三人の兄)と同系天と皇孫倭根子豊祖父(文武)天皇を弟系、姉系夫人の藤原宮子を夫婦(めおと)としました。
 この説話は、陰陽五行説の輪廻転生思想から西北(陰極)の乾(戌亥)を天之(あめ)=子宮とし、邪馬壹国の巫女王と男弟、東遷後の飛鳥での女帝と摂政(聖徳太子)の系統から平城京や平安京の天皇と皇后を併せた天津(あまつ)の系統への変遷を示唆すると考えます。
 もう少し理路整然と説明できると思っていましたが、文章力のなさを痛感します。最後に「記紀」説話に関連する漢字音を列挙しておきます。(了)

 頂[teŋ][teŋ][tiəŋ]、牛[・ŋıog][ŋıəu][niəu]、馬[mag][ma(mba)][ma]
 顱[hlag][hlo(lo)][lu]=額[ŋăk][ŋʌk][o(è)] 粟[siuk][siok][siu] 凸[t'uət][t'uət][t'u]=額 糠[k'aŋ][k'aŋ][k'aŋ]
 「記」耳[niəg][niei(rıei)][ri]) 粟[siuk][siok][siu]
 眉[mıuər][mıui(mbıui)][muəi] 繭(蠒)[kān][ken][kien]
 「記」頭[dug][dəu][t'əu] 蠶[dzəm][dzəm][ts'an] 類字=潜[dziəm][dziɛm][ts'iem]・簪[tsəm][tsəm][tsam])
 眼[ŋēn][ŋʌn][ian] 稗[buĕg][buăi][puai(pai)]
 「記」目[miuk][mıuk(mbıuk)][mu] 稗[buĕg][buăi][puai(pai)] 母[muəg][məu(mbəu)][məu]
 腹[pıuk][pıuk][fu] 稲種[dog][dau][tau(dàu)] 米[mer][mei(mbei)][miəi]
 陰[・ıəm][・ıəm][iəm(yin)] 麦[mluək][muɛk(mɛk)][mai]  
 「記」鼻[bied][bii][pi(bı)] 豆[dug][dəu][təu(dòu)] 尻[k'og][k'au][k'au(kao)]

ちゃち=「しゃち」とすれば、サチ(幸)の転音か、狩の幸運をもたらす霊力とあり、豊玉姫の夫山幸の弓矢か、海幸の釣鉤か。また、鯱(しゃち)=クジラ目の歯クジラの一種。体長約9㍍。背面は黒、腹は白色。頭は円錐形で歯鋭く、背鰭は大きく逆鉾状。世界中の海に分布。
 鯱鉾(しゃち・ほこ)の略、頭は竜、背に鋭い棘のある海魚の形。大棟両端につけ、城郭建築に多く、鴟尾(しび)の変形。瓦・銅・石・木等で作る。
 「マツカサウオ」の方言。松毬魚=海産の硬骨魚。全長15㌢。外観は松笠に似て黄色。頤(あご)にある一対の発光器はバクテリアの作用で光る。鯱張(しゃちほこば)る= 〔自五〕鯱の様な厳めしい構えをする。緊張して堅くなる。

馬(mar)=草原(くさはら)を走る馬(マル)とすれば、海原(うなばら)を走る船 と云う関係があり、船の呼称の「~丸(まる)」には因果関係がある。また、ギリシア神話等では、海神を男性として、船の舳先には女性を飾る。古来、中国大 陸東南部では海の安全を守護する女神として媽祖を祀り、日本でも宗像海人の祀る三女神からも判る様に女性とするため、丸=麻呂(まる/まろ)は男性の尊称 とされる。
 但し、宗像海人が伝えたとされる全国の素潜り漁には海士(あま)も居るが、宗像では海女(あま)が潜る理由は、日本海沿岸部の漁民は船霊として長野県の諏訪神社(上社建御名方富/下社(八坂刀賣)の御札を祀る事と関係が在ると思われる。

継母(ままはは)=火之迦具土神を産み、陰(ほと)を焼かれて神避りし、黄泉(余母→ 余美→夜見)国へ行った生母伊邪那美と対立するかも知れない。その伊邪那岐に首を斬られた火之神が海原を治めよとされた建速須佐之男命(肥之河上=建日 別)。また、母性の伊邪那美が高天原を治めよとされた天照大御神(余母→巫女)と夜之食(よるのをす/よるのうけ)国を治めよとされた月読命(菊理媛?= 継母)に転生したか。

眼中から稗生る=「記」二つの目に稲種生るとあり、小さな粒の稗(妹=玉依姫)と大きな粒の米(姉=豊玉姫)と云う対比と考えられ る。また、「紀」大国主神と共に出雲国を造ったとされる少彦名(スクナヒコナ)命は大国主神の掌に乗る程、小さいとあり、行きて熊野の御碕に至りて、遂に 常世郷に適ましぬ。亦曰はく嶋に至りて、茎(あはから)に縁(のぼ)りしかば、弾かれて常世(とこよ)国へ行ったとある。
 常(とこ)=床(一段高く続く所)か、常陸(ひたち)は、ここ迄の東西に伸びる陸地が終り、海上へ太陽が顔を見せる所(日立)として良い。ただ、この海 を東海(あふみ)=伊勢湾とすれば、当初、常陸は三重県伊勢市や津市付近とも考えられ、二見浦の夫婦岩から昇る太陽を拝むが、現在、「ヒタチ」に近い地名 は見あたらない。
 秋田県北秋田郡阿仁町比立内(ひたちない)、岩手県宮古市日立浜町、千葉県柏市日立台、茨城県牛久市ヒタチ野西、静岡県清水市日立町、京都府京都市京区 常陸町以外は見えないが、日田や飛田等も同源とすれば、 滋賀県蒲生郡日野町日田(ひだ)゙ 滋賀県犬上郡多賀町樋田(ひだ)、熊本県熊本市 飛田(ひだ)、大分県竹田市飛田川(ひだかわ)。「月出(つきで)」は、茨城県稲敷郡江戸崎町月出里(すだち)、千葉県市原市月出、三重県飯南郡飯高町月 出、滋賀県伊香郡西浅井町月出、大阪府門真市月出町、熊本県熊本市月出、大分県日田市月出町等がある。最後の日田市月出町付近には月出(かんとう)山とあ り、この場合、不破関や箱根関等ではなく、太宰府政庁の苅萱(かるかや)関(太宰府市通古賀付近関谷)東側になる。
 尚、北海道南東側、目梨(めなし)郡羅臼町の知床(しれとこ)岬も、陸地が終わる所=尻・後(しり)・陸(とこ)で、その海上に浮かぶ国後(くなしり)島も同系と考えられる。また、南側の納沙布(のさっぷ)岬や、北端の稚内(わっかない)市、宗谷海峡に突き出た半島の野寒布(のしゃっぷ)岬等、アイヌ語源とされますが、和語でも説明できると思います。

天皇と皇后=両朝から交互に即位させると云う約定で、南北朝の併合後、天皇の御名には 「~仁」とあり、北朝系統の天皇だけと思えるので、南朝系は皇后を出して、天皇と皇后が互いに斎き祀るのだと思われる。それが故、天皇(「紀」天照大神) と皇后(「記」天照大御神)を併せた「天照皇祖神(父母神)」が伊勢神宮内宮(外宮豊受大神宮=食神)に祀られるのだと考える。

蠶=日本語「サン」 北京語[can] 満州語[coin] 上海語[sseu] 客家語[tsam] 広東語[chaam] 台湾語[chham] 






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  1. 2016/05/02(月) 08:42:19|
  2. 3.日本語と朝鮮(韓国)語
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◇ワッショイとワッソ

 日本の祭りで使われる掛け声「わっしょい」の語源由来を、韓国語「ワッソ(来た)」とする論説の一つは、凡そ、【】内の通りです。

 【御輿を担ぐ時等に使われる掛け声の「ワッショイ」を、古代朝鮮人が日本に到着、ワッソ・ワッソ(来た・来た)と喜びを表した事が始まりで、最初に韓国 語「ワッソ」が語源という説を主張したのは、啓明大学校教授金思燁や作家の金達寿と云う。その金思燁は、ワッショイの「ワッ」は朝鮮語の「来」の訓音「ヲ ((ワ)」(o)に過去時相助動詞「叱」(s)が付いて、来叱(o+as=was、o+s=os)、ショ(sjo)は尊敬の意を表す補助語幹、「イ」は相手に注意を喚起する意と感嘆の意も含む語尾で、全体の語義は、(神が)来られましたよ。になると主張、日本語「ワッショイ」の起源とした。】

 上記には反論あり、古代朝鮮語は殆ど解明されておらず、「ワッソ」という形態が使われる様になったのは16~19世紀末の中期朝鮮語の後半以降とされ、 朝鮮語「ワッソ」を「ワッショイ」に関連付ける合理性はない。よく云われる日本の文化を韓国起源と剽窃する韓国起源説の一つとだとする人もいます。
 私見では、古代朝鮮語の全容が解明されてないのであれば、古朝鮮語に「ワッソ」が無かったとは云えず、歴史的にいえば、豪華な神輿や飾山笠等が現れたの は室町後期~江戸期とされますから、16~19世紀末の言葉が使われたとしても不思議ではないと思いますが、この時期に渡来した人々か、この頃に朝鮮半島 と密接な繋がりのあった人々となりますので、豊臣秀吉の朝鮮出兵の後、陶磁器の職人等が考えられます。
 ただ、中世以降に成立したと仮定して、現在、韓国内では、日本の神道に近い宗教的な行事 は扶余族の巫女が行う祭祀くらいで、この時にも何らかの声を発するのでしょうが、それに就いての言及はない様ですので、現在の朝鮮半島で近いものが使われ ていないのかも知れません。こうした事を考え併せると、この言葉の担い手を16~19世紀末に渡来した人々とするには、少し無理があるのかも知れません。
 況してや、古来、中国大陸や朝鮮半島内での政治状況が変化した事に因り、安住の地を追われて命からがら逃げてきた加羅や百済、更には新羅や高麗等、崖っぷちの人々が居り、この列島に向けて必死の思いで渡海、到着した時に発した声だとすれば、遙々、来たではなく、やっとの思いで辿り着いたと云う安堵の言葉を発するのでないでしょうか。更に、韓国語「ワッソ」の発生時期の如何に関わらず、語源とすれば、亡命人を担ぎ乗せた海民や迎えた人々は彼等を、神、若しくは貴人として崇めるか、強制されていなければ成立しません。
 例えば、渡来系製鉄民が祀る火之神との関係を取り沙汰される宇佐八幡神は、奈良時代、東大寺の大仏建立に際して金と銅を勧進し、開眼供養に参列するため、神 輿に乗って行ったと云う記述が、『八幡宇佐宮御託宣集』等にあり、古くは、朝鮮半島内で使われていた言葉として、弥生期に半島経由で渡来した人々が自身の 神を乗せた御輿の担ぐ時、「神が来られましたよ」と取り巻きの人々に知らせるとすれば、先の金思燁氏の説も整合性はあるかもしれません。しかし、朝鮮半島 からの渡来系神様と伝承される神社だけでなく、日本古来の神様も多くあります。また、神輿は天皇や貴族を乗せて担いだ御輿が発展したとも云われますので、上記の論拠では十分な条件とは云えません。
 詰まり、「わっしょい」を韓国語「ワッソ」を語源とするには某かの疑問が残ります。今回は、ここ迄にして、次回は少し見方を変えて、日本古来の祭祀からの語源として考えてみたいと思います。

来叱(o+as=was、o+s=os)=現代韓国語には現代日本語と比べものならな い程の多くの母音がある。上記の如く、「オ」=「ア」に近い大きな口形で、「オ」と発音するものと、「ウ」に近い小さい口形で、「オ」と発音するもの。 「ウ」にも口を尖らせて発音するものと、「イ」の口形で「ウ」と発音するのもの等がある。旧くは日本語にもそれと同等か、近い数の母音が有ったと仮定しな いと、こうした転音は起こりえない。ただ、これが朝鮮半島由来の発音だったのか、どうかは判然としない。

中世以降=16世紀以降とすれば、朝鮮半島は仏教思想を国の基盤とした高麗が滅び、李氏朝鮮王朝が統一して100年程を経ており、現在と略同じ言語が使われたと推測される。

言葉の担い手=1900年代中期頃に使われた韓国語(ch'onggak)が語源とされる総角(チョンガー)、韓国(朝鮮)で未婚男子。成年を過ぎた独身男子の蔑称。旧髪型の名称(成人前の男子は結髪せず冠を着けず、髪を後ろに編みさげる風習があった)。俗に独身の男。

火之神=製鉄民だけではなく、陶磁器の職人も火之神(+土之神)を祀るかも知れない。弥生期、渡来した彼等独自の言葉だったとすれば、半島由来と云える。但し、こうした職人も中国大陸からの流入と云われる。

神輿=和歌山県那賀郡粉河町(現紀ノ川市)中鞆渕58の鞆渕八幡の神輿は国宝の沃懸地鈿金銅装神輿とされる。安貞二(1228)年石清水八幡宮が神輿を新調したので、古い神輿をもらい受けたと伝わる。平安時代の貴族の輦台(レンダイ)に類似する形と云う。

日本古来=原人が発生したと云う証拠はないので、氷河期、北回りで凍った北海を南下して北海道から中部付近に住んだ人々と、朝鮮半島 を経由して西日本に住んだ人々、二種の縄文系狩猟採集民、大陸東南部から南西諸島を経て耕作民を伴い渡来した海民等、半島経由の弥生系遊牧騎馬民や畑作民 以外とする。 






  1. 2016/05/05(木) 16:47:43|
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◇唱和

◇唱和
 古来、日本人は農作物の豊穣を祈願し、感謝したり、海上での安全を祈願し、豊漁に感謝したり、祝う春祭りや秋祭り、杣人(そまびと)やマタギ等の猟師が 山神に入山の許しと安全を祈願する祀りがあったと思います。中でも子孫繁栄を願い豊穣と豊漁に感謝する日本の祭りで、氏子等が担いで練り歩く神輿は、天皇 や貴族の乗る御輿=鳳輦(ほうれん)を基本にして魔除けの巴紋や神紋で飾り、ミニチュアの神社の如く鳥居や玉垣、高欄等が付けられて発展したとされ、主に 奈良や京都を中心に一般化しました。平安期になると、近江の日吉大社、京都の八坂祇園社、今宮神社、北野天満宮や大阪の天満宮等でも神輿が作られたと云わ れます。
 韓国語「ワッソ=来た」として、例えば、日本語「来(くる)」と同音の言葉「くるくる回る」「繰る(くる)」「刳(くる)」「暮(くる→くらす)」「車 (くるま)」等から推測すると、「くる」は、回転する→往復すると云うニュアンスを持ちますので、おそらく、韓国語の「ワッソ」にも日本語の「来た」と同 様、行って来た→往復した→一回転と同様、行って戻る(往復)→輪す事を想定していると考えます。もしかしたら、輪廻転生とも繋がるのかも知れません。
 例えば、東日本の或る農村では、春先、男性の氏子代表が付近の神名備山に登り、頂上の祠(ほこら)に祀られる山神(+水神)に祈り、里の社に豊穣神タノカンサーを迎えて祀り、米作りを始める前、春祭りで豊穣祈願した後、苗代を作り、五月女(サーオトメ)が田植えをします。夏、一段落、秋に稔ると、若衆(秋男)が稲刈して豊穣に感謝し、翌年の豊穣もと願う秋祭りの後、タノカンサーは山神(+水神)として山上に還ります。
 こうした豊穣を感謝する祭等で、山神様(+水神)や氏神様を神輿に乗せて氏子代表が担ぎ御神幸する時の掛け声とすれば、村の歳時や行事を皆で担い、氏神社の祭りを和して背負ふ(せおふ→しょふ)事、和し背負い=「ワシセオヒ → ワッシォイ → ワッショイ」と云う転音と考えます。
 また、韓国語の来叱(o+as=was、o+s=os)と関連し、和尚(おしょ う)・和上(わじょう)とされますので、「ワッショイ → オッショイ」とする地方も在り、「ワッショイ」は、母音「オ」の口形で「ア」=「ワ」、口を窄 めた状態から開けて「ゥオ→オ」と云う口形の違いから、日本語では「ワ」と「ヲ→オ」に振り分けられた考えられます。また、「ソイヤ → ソーヤ →  ソーリァ(ソーリェ)」とされる事も在り、漁村等で定置網や、村人総出で地引網を一斉に引き上げる時の掛け声として、背負いやが、「シォイヤ→ソイヤ」に転音した思われます。
 現在、これも単なる掛け声とされますが、豊壌と豊漁を祈願する神事等で、半農半漁の村人総出で二手に別れて行われる綱引き等の行事での掛け声、シォイの(背負い)→ッセイの(一斉の)も同源かも知れません。
 古来、同様の神事とされる相撲で行司が掛ける声「はっけよい(八卦良い)」の語源も定かではないとされます。例えば、力士が動いている時、行司は土俵を 割らずに「残った、残った」と囃しますので、力士の動きが止まった時に掛ける声と考えられます。詰まり、身体の動きを司る魄(はく)が抜けている→気力が 失われているぞと云う意味で、覇気負ひ=「ハケオヒ→ハッケィオゥイ→ハッケヨーイ」と転音したと考えられます。
 もう一つ、こうした豊穣祭や感謝祭との繋がりで、大量・多数と云う語義の「仰山(ぎょうさん)」も晩秋から翌年の春に架けて山に還る豊穣神タノカンサーである山神(+水神)や氏神様、更に、家の祖霊に対し、感謝と畏敬の念を込めて山を仰ぎ見ると云う意味になります。(了)

行って来る=朝、母親に対して子供が学校に行く等、現在の居所から目的の場所に向かう 時の挨拶「行ってきます」には、また、戻って来ると云うニュアンスがあり、これを少し丁寧した「行って参ります」の「参る」にも回るや舞う等、ニュアンス がある。尚、「降参する」等と使われる場合でも、対立していた二者の敗者が勝者に向き合い、遠ざかる動きが回転して近づく方向に変わる。

タノカンサー=陽気の良い春先、山神は水神(男神)として山から下り、晩秋になると、山神(女神)として山に還る。春先は、田楽舞で 山神を降ろし、五月女(早乙女)が田植えをする。稲刈り後、長(和ぐ)月に豊穣祭の猿楽舞(神楽舞)で感謝を表し、山神が神南備山に戻ると神無月となり、 新穀で御神酒を醸(かむ→かも)します。尚、日吉神社(大山咋神=水神?)と同祭神の松尾大社を酒造りの杜氏が崇敬する理由も同様と考える。

秋男=「記」兄の秋山之下氷壮夫(アキヤマノシタヒヲトコ)、弟の春山之霞壮夫(ハルヤマノカスミヲトコ)と云う二神あり。その兄が 言うに「伊豆志袁登売(イヅシヲトメ)を求めたけれど結婚できなかった。お前は、この嬢子(をとめ)を得る事ができるか」と、弟は「容易い事です」と答え たので、「もし、お前が、この嬢子を得たならば、身の丈の甕に酒を醸(かも)し、山や川の産物を悉く用意し、宇礼豆玖(熟れづく)としよう」に言った。兄 の言葉を詳しく母に申し上げると、藤の蔓を取り、一晩の間に衣服と履物を織り縫い、弓矢を作り、その衣服等を着せ、その弓矢を持たせ、嬢子の家に向かわせ た。その衣服や弓矢が悉く藤の花になり、その弓矢を嬢子の家の厠に立て掛けた。伊豆志袁登売は、奇妙に思い持って来ようとした時、嬢子の後ろに立ち、その 家に入って結婚した。そして一人の子が生まれたのである。

和尚・和上=漢和大辞典に拠ると、和[ɦuar][hua][huo]、上古音・中古音では「ワ」、近世音では「ホ→ヲ(ゥオ)→ オ」の近似音になる。隋唐期の中古音[hua]のH音がK 音となり、それが故、表題には「しょうわ」「しょうか」と云う訓がある。尚、女性名「和子(かずこ)」は、「くぁつ→かず」とされて、数えて和す員数の事と考えられる。

家の祖霊=日本人の大半は、死んだ人の彼世(霊魂)を司る仏教と生きた人の現世(魂魄)を司る神道と云う折衷に拠る本地垂迹説と云う宗教観で機能する。おそらく、死んだ人の霊魂は山に還り、浄霊されて天宮へ向かい輪廻転生する。それが故、寺は山号を持つのだと思う。





  1. 2016/05/15(日) 20:30:50|
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◇虎(とら)考

 広辞苑「虎」項、タイ語系南方方言、食肉目猫科に属す、アジア特産の猛獣で全長3㍍にも達する。上部と両側の色は黄色か黄褐色に黒い横縞模様があり、腹 部は白く、尾に黒い環がある。口は大きく鋭い牙を持ち、爪は鈎状に曲って鋭い。森林の水辺に棲み、昼間は洞窟等で過ごし、夜間に活動して種々の獣や鳥を補 食する。インドや満州、朝鮮半島に亜種が棲息する。
 「語源解説」古来、日本には棲息していないが、古くから「トラ」と呼ばれており、謎が多い。朝鮮語ホーラヌイ(horaŋ-i)からとする説や、古い朝鮮語の「ツル(tulu)=虎模様」が転じた等の朝鮮語起源説があります。
 虎(horaŋi)は、漢字音([hag][ho][hu])の中古音、狼[laŋ][laŋ][laŋ]を併せた造語とも云われますが、虎=ポム[pɔm]、狼=ヌクテ[nukte]と云う朝鮮語の固有語がありますので、同食肉目猫科に属す猫(koyaŋ-i)にも同語尾[-i]が付くので、猫属として括られると考えます。
 また、朝鮮語の鶴=ハク[hag]、その固有語のツルミ[tulumi]からすると、虎模様「ツル」は、鶴[ɦɔk][ɦak][ho(hau)]の近世音が虎と同音である事や、模様の形状が鶴嘴(つるはし)の形や鶴・鸛(こうのとり)等の飛ぶ姿に似るからか、似た音で呼ばれます。
 もう一つ、日本語の捕(とら)えると関連づける説もあり、朝鮮語起源と日本語的な「捕える」と云う解釈が加わったとしますが、これとて、古来より、虎の 毛皮が強い王者の証として捕らえられたのであれば、強い事が特徴的な名称になると思います。少し見方を変えましょう。
 私見で、古くから「トラ」と呼ばれた理由は、中国や朝鮮半島を含めた東アジア圏の文化や宗教観の輪廻転生思想も「陰陽五行説」西(白虎)とされる事に関連があると思います。
 漢和大辞典に拠ると、「狼(お・いぬ/おおかみ)」と似た漢字、狠[ŋuan(ɦən)][ŋuan(ɦən)][uan(ɦən)]=犬が噛み合う時に発する声。別音には「俗」物事の根が深く激しい様、根性が捻くれているとあります。
 二つの字形を「狼=犬+良(よし)」「狠=犬+艮(うしとら)」として、後者、「艮」=東北(干支丑(うし)=牛(失す)・寅(とら)=虎)の鬼門は、古来、鬼の出口とされます。漢和大辞典に拠ると、「艮」=「解字」目+匕(小刀)の会意文字とあり、よく似た字形の「匕(匙=さじ)」=魂を乗せ、天翔る天之鳥船(北斗七星)で天宮を目指します。
 一方、鬼の入口、西南「二黒土星(裏鬼門)=坤(コン)・未(ひつじ)=泥/申(さる)=猿」から霊魂は彼世(黄泉国)に去る。その干支「=猿」の韓国語「猿(wɔnsuŋi)」の語尾にも[-ŋi]、「羊」も漢字音と同じ[yaŋ]で、何故か、固有語はないらしい。  
 古来、東アジア圏で古墳等、被葬者の安寧を祈願して描かれる四神の一つ「西=白虎」とは、本来、黄色と黒色の模様を白色と黒色にし、亡者の穢れた肉体(黒)から抜け出た霊魂が彼世への入口、西北「裏鬼門(二黒土星)」から泉 国「中央(五黄土星)」へ行き、浄められ、魂と霊→魄に分けられ、「魂」は出口の東北「鬼門=八白土星(寅=とら)」から天鳥船で、北「一白水星(壬)」 の天宮に還った後、別の入口、陰極とされる西北の「六白金星(乾=戌亥)」が受け容れて妊み、「亥(ゐぬ)=猪(居ぬ→ゐづ→ゐる)」、再度、子宮(五黄 土星)で胎児を育むと、安産の象徴とされる戌=犬(いぬ)は、太(母性)とされる。その胎児が臨月を迎え、子宮から産出されると、犬=去(いぬ)とされます。
 一方、もう一つの出口、東「三碧木星(卯)」で輪廻転生した嬰児には、東南「四緑木星(辰)」で母乳を通じて「魄」を授かり、赤子として、すくすくと育ち、成人します。 以下、次回です。 

ホーラヌイ=虎[ho-raŋ-i]と猿[won-suŋ-i]は、接尾語の[raŋ-i]と[suŋ-i]が付いたものとある。この[raŋ-i ]= yaŋ-i → ryaŋ-i → raŋ-i  と転音、[ ko-yaŋ-i]の[yaŋ-i]は同語源とされる。また、[won-suŋ-i ]の[suŋ-i ]は、[beol-geo suŋ-i ]=裸の人と云う語義の[suŋ-i]で、これも霊長類の意味とすれば、[raŋ-i]も猫属として良い。尚、猿「wonsuŋ-i」にも[jan-nabi]と云う固有語がある。犬は、その鳴き声から[moŋ-moŋ-i ]や、子犬[gaŋ-ə-ji]が在る。

狼(お‐いぬ)=「忌詞」大犬の意。おおかみ。おいぬ様。「おおかみ(大神)」とあ る。ネコ目(食肉類)イヌ科の哺乳類。頭胴長約1~1.5m、尾長35~55㎝。毛色は灰色から茶色。犬の原種とされ、体形はシェパードに似る。曾ては北 半球に広く分布したが、西欧州・中国の大部分、日本等では絶滅。家族単位の集団で生活する。鹿等の大形獣の他、ネズミ等の小動物も食べる。日本の本土産は 小形でヤマイヌとも呼ばれたが、1905年奈良県を最後に姿を消し、大形の北海道産(別称エゾオオカミ)も1900年頃絶滅。
 尚、「老い」と云う言葉は、本来、負い・追い等と同源で、負う=背に荷を担ぐ事、追い=背に見て覆い被さる事で、老いは生きてきた年月を負う事で、「老いぬ=負いぬ」として良い。これと反対語が「若い」で、この場合、負う年月が少ない事、詰まり、数字が若いとなる。

丑(うし)=十二支の第2、動物では牛にあてる。北から東へ30度の方角。昔の時刻の 名。今の午前2時頃。また、凡そ午前1~3時の間、十二支の第2。中国の演劇の役名。道化役。「解字」手の先を曲げて掴む形を描いた象形文字とあり、魂 (鬼)を掴み取って天宮へ送ると云うニュアンスとすれば、丑(ウシ)と「失し」は関連があるのかも知れないが、午(うま)=杵(きね)との関係から牛=臼 (うす)と考えられる。
 尚、臼から杵(きね)=臼は女、杵は男を象徴。「記紀」国産神話、初め伊邪那美から声をかけたのが良くないと、生まれた蛭子(ひるこ→恵比須)と淡島 (胎盤)を流し去てきとし、女から男に働きかけるのは事は逆だとして、女王卑彌呼は宜しくないとするのかも知れない。また、男神の迦具土神を産み、陰(ほ と)を焼かれて亡くなった伊邪那美の頭方(まくらへ)で涙し、足方(あとへ)に涙した時、泣沢女神を生むとあり、伊邪那美命→男神迦具土神→女神泣沢女 神、伊邪那岐命→伊邪那伎命→天照大御神(伊邪那岐大御神)に転生すると考える。

鬼門=平安京の東北「艮(うしとら)」には、比叡山延暦寺を建立、出てくる鬼(兄=蝦 夷→姉)を浄霊し、永遠(延暦)の皇統(姉弟=めをと)を祈願した。現世の終末、南西「坤(ひつじさる)=京都市西京区南春日町」には、朝廷の尊崇の厚い 二十二社の一つ、藤原氏が奈良から春日明神を勧請した元官幣中社大原野神社がある。神仏混淆思想に拠る天台宗勝持寺(同区大原野)は役小角(えんのをづ ぬ)の開創で、後に最澄も本尊等を奉安したと伝う。平安前期、文徳期、範慶が大原野春日社の供養寺として中興。境内に桜樹が多く、俗に花の寺とも称。その 役小角は、伝承に拠ると生駒山中には前鬼と後鬼と云う鬼の夫婦は役行者に懲らしめられて従い修験者のために宿坊を営んだと云う。サルタビコとアメノウズメ の説話で互いに入れ替わり先導した前鬼、従った後鬼と考えられる。尚、東北地方等では、桜の樹や、その花には人の霊が宿るとも伝承される。

四神=北(玄武)=亀(陰→陽)と蛇(陽→陰)の合体。東(青龍)=珠(魂=陽気)を銜えて昇天する。尚、「火」も人に魂魄が揃った字形で、「赤」も人が立った正面の姿となる。南朱雀の「」は、成人した事を表す火(赤)から身体を司る「魄=(チュ)」が徐々に失われて足が動かない状態=年老いて身体が動かなくなり、「死」に近づく事を「紫」で示唆する。更に、精神を司る魂が抜け出て亡くなると、「(ひつじ)=亡骸」になる。

太(母性)=福岡平野東側の若杉山(福岡県糟屋郡篠栗町大字若杉)に坐す太祖神社(伊邪那伎尊→天照大御神))と西側の飯盛山に坐す飯盛神社の本社伊弉冉尊 合祀寶滿大神(玉依比売)→八幡大神(品陀和貴命)、中宮五十猛尊は、古代より夫婦山として国産伝説の基となった。
 茶碗をひっくり返した様な丸い姿の飯盛山は典型的な神奈備山。神社北側には志賀島で見つかった金印に就いて著した『後漢金印略考』で有名な青柳種信所縁 地の碑がある。尚、室見川を挟み飯盛神社東南には福岡県福岡市早良区四箇(しか)。他にも利根川と将監川中州の千葉県印旛郡栄町四箇(しか)、茨城県稲敷 郡桜川村四箇(鹿島神社・大杉神社)
 『宮川村史』大杉神社祭神久々能智神、五十猛命、大屋津姫命。三重県多気郡宮川村江馬に荻原神社が鎮座、荻原神社の創始年代は不明。文政七(1827) 年奉納の幡に「江馬大杉社榎村神社 奉再拝大屋津姫命大杉大明神廣前」とあり、当時、江馬大杉社か、榎村神社と呼ばれていた。度会延経の『伊勢国神名帳考 証』で、度会郡の延喜式内社榎村神社遺蹤地を江馬御に求めており、当社が後裔社とする。
 幡の大屋津姫命大杉大明神とは大杉神木の大杉明神と、その祭神大屋津姫命の事と思われる。大杉村の大杉明神は創立の歴史は分からないが、現在の神木の樹齢は1200年とされ、その隣の切り株が旧社とされている所から、その歴史は1200年程度としてよかろう。 そうすると大杉明神は山宮、荻原神社(大屋津姫・大杉大神・田心姫・他)が里宮か。とある。
 兵庫県龍野市龍野町四箇(よっか)付近の 同市揖保町中臣字宮ノ下の中臣印達(インタチ) 神社「五十猛神」の御由緒、宝亀元年六月十五日の創立と伝へ延喜式の制名神大に列せしも、中古より両部神道の為め、修験者が社務に干與するに及びて社背の 山上にありし十二所権現と唱ふる木像を本社に合祀の結果近世に至る迄、社名を蔵王権現とのみ称するに至る。明治10年10月10日願済の上、創立当時の社 名、中臣印達神社に復称、同年同月(明治12年5月とも)縣社に列せらる。とある
 「広辞苑」両部神道=本地垂迹(ほんちすいじゃく)説の根底をなす神仏調和の神道で、中世以降発達。御流・三輪流等の流派。明治以後、神仏混淆の禁止で衰頽。両部習合神道。神道習合教。

去ぬ= 〔自ナ変〕(近世後期、上方では四段に活用。関西方言に残る)行く。行ってしまう。去る。過ぎ去る。時が経過する。来る。死ぬ(=往ぬ)。帰る。腐る。悪くなる。

魄=身体を司るとされるので、乳母の乳(御食)=「五行説」白土(白金)を受ける事とすれ ば、伊勢神宮外宮の食神「豊受大神」に関係がある。一方、内宮の「天照皇祖神」は太陽光の化身(鏡)、「五行説」白水=魂(胤)になる。詰まり、山神(女 神)が水神(男神)=蛇となって里に降り、タノカンサーとして作物の生育を見守る案山子(養父)になる事と同じ。これも高天原からの天降りと同じで、例え ば、天照皇祖神(天照大御神→高木神)の血統が輪廻転生する事になる。神武天皇の正后五十鈴姫(伊須気余理比賣)は美和山神が蛇形として降り、里の娘と交 わり生まれる。

成人=南「九紫火星(朱雀)」の「火」は、「人(ひと)+(チュ=魂)+(チュ= 魄)」と云う字形で、嬰児に肉体を司る魄が宿り、魂魄揃い、赤子がすくすくと育ち成人する。朱色の「赤(あか)」も人の両足に魂魄が揃った事を示唆する。 また、天宮へ還った魂(精神を司る)を受け容れる陰極、西北「六白金星」=戌亥の戌(いぬ)=犬は人が大地に立つ姿とされる字形「大」の右肩に「(チュ)=魂」を付した「犬(いぬ)=去ぬ」は、それを育み送り出す安産の神とされる。「太」は、その魂が子宮に宿り、孕んだ状態の「亥(猪)=居」を表すと考えられる。
 尚、訓音「赤(あか)」は、天蓋が開(あ)き太陽が昇り、白々と明(あか)るくなる事、「明」の字形「太陽(魂)=白水」と「太陰(魄)=白土(白金)」が重なる事と、その訓音に拠ると考える。






 
  1. 2016/05/22(日) 20:00:46|
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◇入口と出口 2

 本来、西「七赤金星(白虎)」の干支「酉(とり)」は、仕込んだ清酒や醤油の酛(もと)を麹菌の力で発酵させて醪(もろみ)にするための甕(かめ)や樽 (たる)の象形ですので、「輪廻転生思想」で胤(魂)を受胎して育む子宮(酉)であり、嬰児を育む母乳(魄=麹菌)ともなります。
 欧州等でも鸛(こうのとり)等の大鳥には赤子を運んでくると云う伝承があり、亡く なった人の霊魂が「鳥(つる→とり)」等、飛ぶものに宿り、天に還って輪廻転生します。日本でも、お盆の頃、山から降り、里の田圃等で群れ飛ぶ蜻蛉(あき あかね)には、亡くなった先祖の霊魂(たましい)が宿ると信じられました。また、天宮へ運ぶ天鳥船=霊鳥(つる)の雁(かり/がん)も霊魂を宿して月に還 ると考えられました。
 韓国語でも、虎(horaŋi)、猫(koyaŋi)、揚羽蝶(horaŋ-nabi)、猿(jan-nabi) とされますので、東アジア一帯でも、こうした輪廻転生の思想や伝承等を共有するのでしょう。例えば、壇ノ浦戦で敗れ、西国へ追われた平家一門は、後代、輪 廻転生して表舞台に返り咲いたのでしょうか、その家紋は「揚羽蝶」とされます。最後に、述べてきた事を考え併せ、虎(とら)、鶴(つる)等の訓音に使われ る万葉仮名から考えてみます。
 「つ」甲「と」は[dug][dəu][təu]([dag][to][tu)、屠・徒・途・杜[dag][do][tu]が通用され、後者は、今でも「ツ」「ト」と読みます。更に、訓に拠る仮名の甲「と」=門・戸があります。
 甲「ト」と云う音は区切り、境目で、狭間や水道(瀬戸)、出入口、戸口(扉=とびら)等の基礎語義で、万葉仮名「つ」は、付・着・就・突(つく)や、続 (つづく)や繋(つなぐ)等の基礎語義と思われます。例えば、「つ=通」の上・中古音[tuŋ]=ツヌク→ツヌッ→ツゥ、近世音[toŋ]=トヌク→ト ヌッ→トゥ になります。一方、「ら」「り」「る」「ろ」には以下の音が通用されます。

  「ら」羅・邏[lar][la][luə]
  「り」=[lug][ləu][ləu] 理・里[lıəg][lıei][li]
  「る」=[lug][ləu][ləu] [hlag(hlo)][lo][lu]
  甲「ろ」=[hlag(hlo)][lo][lu] 乙「ろ」==[lıəg][lıei][li]

 もう一つ、戸[ɦag][ɦo][hu]と虎[hag][ho][hu]と近世音が同音ですので、「トラ」とは、黄泉国への入口「裏鬼門(坤=未申)」から天宮への出口「鬼門(艮=丑寅)」、陰極(子宮)への入口で霊魂の通り道、臨月の胎児が通る産道、嬰児が母乳の「魄」を宿すため通路(ツゥルィ・トゥラォ)=出入口や通り道で、耕作地や治水のための水流(つる)と同義の「通(ツゥ)・路(ルォ)」と云う意味で、 以下の如く転音したと考えます。

  ツル(鶴・水流) → ツゥルィ → トリ(酉・鳥) → トリァ →トラ(虎・寅)

 「記紀」は母系の男子として輪廻転生する伊邪那美(伊奘冉)と頚を斬られた御子の火之迦具土神(軻遇突智)を、裏鬼門から黄泉国へ追った伊邪那岐(伊奘諾)は、鬼門から天宮(竺紫日向橘小門阿波岐原)へ向かい川の中つ瀬(陰極)で禊ぎ祓い、神々を生した後、次々と名前が替わり輪廻転生を示唆します。
 平安遷都後、靡かない人々を討伐した桓武天皇は京都(けいと)の東北「(鬼門)」に比叡山延暦寺を建立、狼(おいぬ)→鬼(おに)=根性の捻くれたとして東海へ追い払われた鬼(=オァイヌ)→兄(あに)は西方浄土へ還られず、輪廻転生を封じられた蝦夷(えみし)は、アイヌ(東犬)として貶められました。
 尚、東北「八白星(鬼門・艮)」の寅(とら)の「解字」家の中で背筋を伸ばして居ずまいを正すとあり、人に馴れて従順な犬(ぽち)=「(ちゅ)」と違い、家に居着くとされる猫(ねこ→泥戸)とも考えられます。(了)

鸛=コウノトリ目コウノトリ科の鳥。世界に約19種あり、何れも鶴に似るが嘴が太く長 い。羽毛は大部分白色で、翼の大部分が黒色。脚は赤色。嘴で「かたかた」と音を立てる。形態・大きさ共に丹頂に似るが、本種は樹上に営巣。東アジアに分 布。ヨーロッパには近縁のヨーロッパ‐コウノトリが分布、赤ん坊を運んでくるとされる。日本では特別天然記念物に指定されたが絶滅、大陸から稀に冬鳥とし て渡来。鸛鶴(こうづる)。

トラ=「ト」「ツ」「ラ」「リ」「ル」に使われる万葉仮名は以下の如くなります。おそらく、ラ行の場合、本来、曖昧な発音だったのか、「ラ」「ル」「ロ」以外は無かったとも考えられる。
 ●「つ」 *訓に拠る仮名「津」(変体仮名)
 [dug][dəu][təu]  屠・徒・途・杜[dag][do][tu] *[dag][to][tu]
 菟[tag][to][tu]  通[tuŋ][tuŋ][toŋ]
 ●甲「と」 *訓に拠る仮名 砥[di]・戸[hu]・門[men]
 刀[dɔg][tau][tau]  斗[tug][təu][təu]
 [dug][dəu][təu]  *[dag][to][tu]
 屠・徒・途・杜[dag][do][tu]  渡[dak][dak][to]
 妬・徒・屠・図・塗・土[tag][to][tu]
 ●乙「と」 *鳥[niao] 十・止[shi]訓に拠る仮名
 得[tək][tək][təi]  徳[tək][tək][tə]
 等・登[təŋ][təŋ][təŋ] *異音[t`əg][t`ai][t`ai]
 騰・縢・藤[dəŋ][dəŋ][təŋ]
 台[təg][təg][tai] *異音[diəg][yiei][i]  臺・苔[dəg][dəi][təi]
 ●甲「ら」
 羅・邏[lar][la][lo]
 ●「り」
 [lıəg][lıei][li]  利・梨[lıed][lıi][li]  離[lıar][lıe][li]
 ●「る」
 楼・婁・漏[lug][ləu][ləu]  盧[hlag(hlo)][lo][lu]
 ●甲「ろ」
 楼・婁・漏[lug][ləu][ləu]  路・露[glag][lo][lu]
 魯[lag][lo][lu]  [hlag(hlo)][lo][lu]
 ●乙「ろ」
 =[lıəg][lıei][li]  呂・侶[glıag][lıo][liu]
 慮・廬[lıag][lıo][liu]

水流(つる)=戸[ɦag][ɦo][hu]・羅[lar][la][lo]の中 古音では、フォラ→ホラで、洞(ほら)=口が開いた所になる。尚、岫(くき)=山の洞窟とあり、福岡県北九州市の洞海湾は古名「洞海(くきのうみ)」で、 湾ではなく、旧くは遠賀川へ抜ける水道だった。漏(くき・くく)しとあり、同訓の茎(くき)も水分の通路で、通じている事、耳で聞(きく)も耳の穴を通じ て入った声や音を感じる事、括(くく)るも、繋(つな)ぐ=連続性になり、これを括(くび)るとすれば、首(くび)=括れて繋がる所で、先述した「来る」 も連続性→回転するとなります。

名前=「記」伊邪那岐命→伊邪那伎大神→伊邪那伎命→伊邪那岐大御神→伊邪那岐大 神と替わり変わり、最終的に淡海多賀に坐して転生すると、父祖の女系として輪廻します。一方、伊邪那美(生母)→泣沢女神(乳母/妻)→火之迦具土神(御 子/夫)に転生、母祖の男系として輪廻する。この二系が伊勢神宮に祀られる「天照皇祖神(父祖と母祖)/豊受大神(養父母)」と考えられます。





  1. 2016/05/27(金) 11:45:05|
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