見まごう邪馬台国

◇日本語「眼(め→まなこ)」と韓国語「鼻(kʰot=コッ)」 *右肩[h]=激音 花[’kot]の左肩[’]=濃音 

  (4)目(め=nun)から稗(ひえ=nui)

 「紀」眼中まなこ)に稗生りとあり、漢和辞典「稗」項、小さい・細かい・卑しい、「解字」禾(穀類)と卑(背が低い・小さい)、「婢=端女」と同系字で、訓音「ひえ」は漢字音[buĕg][buăi][puai]から「プァィ→ピェ(ペ)→ヒエ」、辺(へ)とすれば、保食神の顱上に生る(籾)が左右に別れ、「記」大気都比賣の二つの目にて稲種(母実)に生る。また、左右の耳にて生る。にて小豆(あずき)生る事、伊邪那岐が黄泉国から竺紫日向橘小門へ還り到り、禊ぎの後、左目を洗うと天照大御神、右目を洗うと月読命、鼻を洗うと建速須佐之男命が生る事で示唆する事は、家父長制の伊邪那岐命と後妻(「紀」菊理媛?)との生みの子=愛子(まなこ)と考えられます。
 目[mıuk][mıuk(mbıuk)][mu]、女[niag][nio(ndio)][niu]が同訓の「メ」、「記紀」生母豊玉姫と乳母玉依姫、二人の女が御母(みま・オン)として御子を産み育てるとしますので、次項とも関連して、何れかの目(め=女)の中、子宮で妊み、一方が母乳(ちち)で育てます。
 「記紀」須佐之男命の子大年神が天知迦流美比売を娶り生む子、羽山戸神が大気都比賣を娶り生む大山咋神(山末之大神) とあり、主=女系牛とした様に二人の女(美/見)の何れかが転生して父系になり、陰陽揃い皇孫(みま)を生すと云う、輪廻転生思想を左目の天照大御神と右 目の月読命の中、一方が「紀」陰に生る大豆(まめ=真女)と麥(尿)・小豆(御子)、一方が「記」伊邪那伎の鼻(はな=コッ)に生る父系統須佐之男命に転 生する事を「記」鼻に生る小豆(あづ・=岐・伎)→阿曇(あず)として示唆します。
 一連の流れを「記」騙した鮫(サメ=左目)に毛を毟られた裸(あかはだか)の稲羽素菟が、大国主神の助言で蒲黄を敷き散らした上を転び本の膚に戻る事、皇孫天津日高日子番能邇邇芸命と天宇受賣命は、一番(はな)の鼻が長い猿田毘古の道案内でクシフルタケに天降ると、前後が入れ代わり、天宇受賣命に先導された猿田毘古命が伊勢の海で溺死、姉系猿女(サルメ→サメ) 君の名を負う事、更には、「記紀」新羅討伐条、神功皇后が海に入り禊ぎすると、髪が自然に解けて二つに別れ、男子の御角髪(みみづら)になる事、火之迦具 土神に陰を焼かれて神退りした伊邪那美を追った伊邪那岐が黄泉から還り、阿波岐原で禊ぎする伊邪那伎に転生する様に、垂仁の皇后沙本毘賣→佐波遅比賣(鯖 →姉)が沙本毘古王として青海(東海)で群れて泳ぐ青魚の「アヂ(鯵)→アジ→アニ」に転生する等、その経緯を「紀」天照大神と保食神(月読尊)、「記」天照大御神と大気津比賣(須佐之男命)の説話とします。
 中大兄皇子(斉明の称制)の産後、舒明皇后は女系皇極天皇として即位、同母弟の孝徳天皇を挟み、斉明天皇(巫女)として重祚、十年の称制を経て、男系天智(天之命開別尊)天皇(兄=覡)として即位して大津宮に遷都、大友皇子を太政大臣(摂政)にすると、皇統は女系と男系に分裂(耳成)、天皇崩御後、壬申の乱で大友皇子(鯵)を倒し、大海人皇子は天智の女系太田皇女と讃良皇女を娶り、天武天皇(牛頭天王)として即位、皇統は左右の耳から顱上に移動して併合する。天武天皇崩御後、再度、男系奈良坂(阿弖流為→兄系蝦夷)と女系清水坂(坂上田村麿)とに別れて平安遷都。東山の清水寺西麓、朱塗(赤)の八坂神社に、天智系光仁天皇(白壁王)の娘で、桓武天皇の嬪(ひん)酒人内親王が八坂姫(馬頭観音系)として祀られます。

稗(ひえ)=イネ科の一年草。中国原産、日本には古くから伝わる。種子はやや三角形の細粒、強健なため、救荒作物として栽培、粒を食用とした。粒・茎葉は飼料として優れるが、今は栽培が少ない。水田等に稲の雑草として混じる。
 「記」大気都比賣の頭に於て蠶(かひこ)生る。二つの目に於て稲種(もみ)生る。二つの耳に於て粟生る。鼻に於て小豆(あずき)生る。陰に於て麥生る。 尻に於て大豆(まめ)生る。一方、「紀」保食神之頂は牛馬に化け為る。顱上に粟生る。眉上に蠒(まゆ)生る。眼中に稗が生る。腹中に稻が生る。陰(ほと) に麥(むぎ)、大小豆(まめ・あずき)が生るとあり、小豆を陰(ほと)とする。*韓国語の尻[ondoŋi]・虎[horaŋi]・猿[won-suŋi]・猫[ko-yaŋi
 白山権現=本社は石川県白山市三宮町、奥社は白山頂上にある元国幣中社。祭神は白山比咩神(菊理媛神)と伊弉諾・伊弉冉尊。全国の白山神社の総本社。加賀国一の宮。*権現=仏が衆生(しゅじょう)を救うために種々の姿をとって権(かり)に現れる事。また、そのの姿。権化(ごんげ)。
  本地垂迹説=他し神の仏が化身し、日本の神として現れる事(熊野三所権現・山王権現等)
  反本地垂迹説=日本の神が化身し、他し神の仏として現れる事(春日大明神・稲荷大明神等)
 比叡山(ひえいざん)延暦寺の称。日吉(ひえ)神社は滋賀県大津市坂本(比叡山東麓)の元官幣大社。東本宮に京都の松尾(まつのお)大社の祭神でもある大年神の子大山咋神(亦名山末之大主神)、西本宮に大己貴神(亦名大国主神)を祀る。古来、山王(さんのう)権現(山王二十一社)と称す。最澄が三室山(みむろやま)の大三輪神大物主神を勧請し、中国の天台山国清寺の山王祠に倣い神号を山王と奉り、比叡山の守護神とした。
尚、太田道灌が近江の日吉神を江戸城に勧請した東京都千代田区永田町の元官幣大社日枝(ひえ)神社、主神は大山咋神、相殿に国常立神・足仲彦尊と伊弉冉神(牛頭天王)を合祀、別れていた青海(伊弉冉神)と淡海(伊邪那岐)の二系が併合する。*大和三山の耳成山
ヒエ=小さい・細かいとすれば、「記紀」大国主神(大己貴命)と共に国造りした小さな「スクナヒコナ」は粟幹(あはがら)に弾かれて常世国へ行った在る。また、「紀」高天原から神遣いされる素戔嗚尊には「甚だ無道(あずきなし)=小豆為し」とある。
耳(gwi)=左右二つの目(め)で見る→左右二つの耳(みみ)で聞く字音[niəg][nieirıei)][ri]が、ネィネィ→ニニ→ミミで、任那(ムナ→マナ)と同系の転音で、字音「ジ」も[rıei](ゥレィ→ゼィ→ジ)、日[niet][niět(riět)][rıəi](ゥリツ→ジツ)と同系の転音になる。尚、「紀」伊奘諾尊が黄泉国から還る時、何事かを耳打ちしたと云う菊理媛(後妻?)は、目が利く、鼻で香りを利き、口が利き、耳で声を聞くに関連すると考えられる。
 牛[ŋıog][ŋıəu][niəu]の上古音や中古音は鼻濁音「ヌギォゥ→ギォ/ヌギェウ→ギョゥ」、近世音「ニェウ→ネゥ→ニゥ」となり、 女[niag][nio(ndio)][niu]の中古音「ニォゥ(ヌジォゥ)」、近世音「ニゥ」と略同音になる事も、雌のトーテムとする理由になる。* 乳[niug][niuriu)][riu]=「ニゥ(ジゥ)→汁(ジゥ)」
生みの子=禊ぎ前に生む子は後妻(乳母)にとって継子(ままこ)。父(ちち)系須佐之男命 系統大山津見神の娘、神大市比売を娶り生む子大年神。宇迦之御魂神。大年神が神活須毘(かむいくすび)神の娘伊怒(いぬ)比売を娶り生む子大国御魂神・韓 神・曾富理(そほり)神・白日神・聖神。また、香用比売を娶り生む子、大香山戸臣神・御年神。天知迦流美豆比売を娶り生む子、奥津日子神と奥津(大戸)比 売命(竈神)・大山咋神(山末之大主神)は近江の日枝山と葛野(かどの)の松尾に鎮座、鳴鏑を持つ神。庭津日神・阿須波神・波比岐神・香山戸臣神・羽山戸神・庭高津日神・大土(土之御祖)神。大年神の子は十六神。その羽山戸神食神大気都比賣を娶り生む子、若山咋神(麓のタノカンサー)・若年神(春)・妹若沙那売神(五月女)・弥麻岐神・高津日(夏之売)神・毘売神・久久年神(冬)・久久紀若室葛根神、併せて八神、何れも夏から稔りの秋に移る事、豊穣神や食神に関連し、男系小(赤色)や、女系大豆(・生成り)が、赤裸の菟(うさぎ)が蒲黄の上を転び、本の肌色に戻った事にも繋がる。*子[tsiəg][tsiəi][tsï](ッシ→チ/ジ)=自[zi]=鼻
メ=「目」の漢字音「ミゥッ(ム)」と、枝(えだ)・益(えき)・選(え)る・鰓(え ら)・駅(えき)等、本線から外れる、先行する等、外方向へのベクトルを持つ母音の「エ」を付けた「ムェ→メ」は左目と右目、これに完全・全体、前向き 等、正方向へのベクトルを持つ母音の「ア」を付けた「メァ→マ」は左右二つの目を合わせ、目交(まなか)い、眩(まぶ=目伏)しい、睚(まなじり)、目の 当たり等。尚、母音「イ」=内方向へのベクトル、母音「オ」=動きがない(存在)。また、「漢和大辞典」眼[ŋən][ŋʌn][ian](ヌゲァヌ→ ゲン・ヌガヌ→ガン)の訓「め」「あな」とあり、「マナコ」=真中(黒目)か。尚、美[mıuər][mıui(mbıui)][muəi](mĕi)= ミゥェル→ムェッ→メッ/ミゥィ→ムィ→ミ(ムビ)、子=元(陰陽「メッ=美」と「キ=岐」)から別れ出て生じたもの。
二人の女(め)=母[muəg][məu(mbəu)][məu]が「ムァッ→マ・ マゥ(バゥ)」は、又(また)、上下・左右の間、陰陽二つの真、上下の瞼(まぶた)等の「マ」と同源で、「生母(あめ→あま→あば)が産み、乳母(うま →うば)=姨(おば)が養育する=乳(まんま)を与える=飯事(ままごと)。「アバ」=北陸地方で、未婚の女、妹。中国・四国地方では伯叔母(おば)、東 北北部で母、主婦(あっぱ)。現在、生み育てる事が母の役目とされるが、「マ→モ(バ→ボ)」と転音、「その上に」と云う語義で使われる助詞「~も」と同 源になります。英語「mama」や伊語「mamma」も養母+生母と云うニュアンス。
本の膚=生なり(蒲黄色)で、宗像大社や出雲大社等の白木造り、裸(あかはだか)は朱 塗りの建物で、宇佐八幡宮と出雲大社、或いは、朱塗りの春日大社と白木造りの伊勢神宮で、述べてきた事とも関連し、本地垂迹説と反本地垂迹説と云う関係が 考えられる。尚、天照皇祖神を併祭した熱田大社や鹿島大社は神宮と称す。
皇孫番能邇邇芸(ニニゲィ→みみぎ)命=笠沙岬で大山津見神の娘木花佐久夜毘賣(神 阿多都比賣)を娶り、筑紫の隼人祖火照命、火須勢理命、火遠理(亦名天津日高日子穂穂手見)命を生むが、姉の石長比賣は醜いので返したと在る。火照(穂手 理)命は、先述した馬頭観音菩薩として大分県・熊本県・宮崎県の高千穂のクシフルタケ=九重(クシフ)の山に天降り、火須勢理命に但し書きはないが、前後 が入れ替わり、牛頭天王として伊勢海から熊本県・鹿児島県・宮崎県の高千穂峰霧島に天降り、須世理毘賣+大国主神(牛頭天王)として転生。この二系を併せ た人格が火遠理(火折)命=天津日高日子穂穂手見命と考えられる。尚、山口県山陽小野田市高千帆と云う地名が在る。尚、番(つがい)=陰陽揃い天津(あつ)。
鯵(あぢ)=鯖(サバ→スアマ→サマ)・秋刀魚(さんま)・鰯(いわし→よわし)等の 群れて泳ぐ青魚や紫陽花(あぢさゐ)も小さな萼片が半球状に集まり咲き、赤色や青色に変化する。邪馬壹国時代は傍国「斯馬(スィマ→セマ→サバ)国」です が、後代、姉→兄(天智→大友皇子)と姉+妹→弟(天武)と云う関係で分裂、東海(遠江)は、現・中部以東になります。兄の生みの子大友皇子は、後の坂東 武者と考えられます。*「キ」=岐・伎
斉明の称制=中大兄皇子が巫女(斉明天皇)の言葉を受けて伝える制度、後代の摂政(太政大臣)と考える。その後、天之(あめの)=姉系を別けて開き天智天皇として即位する。
女系と男系=万葉集に、そうした経緯を詠った額田姫王の「茜草指武良前野逝標野行野守者不見哉君之袖振」→武良前野(紫野=天武の後宮)に逝く(行かず)、標野(天智の祭祀を司る)へ行く。君の袖振るのを野守(天智)は見ないかしら。天皇は大海人皇子(天武)の娘で大友皇子妃の十市皇女を産んだ額田姫王を後宮に召すが、子を儲けないので巫女と考える。姉系太田皇女(耳梨山)と妹系讃良皇女(持統→弟系文武=雲根火山)、兄系大友皇子(高山=かぐやま)。他にも以下の歌がある。*草壁皇子と天智の娘阿閇皇女(元明)の子(元正天皇)の子「文武天皇」、
  高山波雲根火雄男志等耳成與相諍伎 神代從如此爾有良之古昔母然 爾有許曾虚蝉毛嬬乎相挌良思吉
  高山與耳梨山與相之時 立見爾來之伊奈美國波良
顱上=女系讃良皇女を皇后として併合、大海人皇子は飛鳥浄御原宮で即位する。後代の南北朝に係わり、以下の如く比定される。
  平城京(右目=妹+左耳=兄)→南朝(馬頭観音)=大和(百済系)と飛鳥(熊襲=蝦夷)
  平安京(左目=姉+右耳=弟)→北朝(牛頭天王)=山城(新羅系)と山背(熊曽=隼人)
白壁(しらかべ)王=女房詞で、白壁は、大豆(まめ=真女)から作られた豆腐とある。例えば、「あに(さ に)」と訓じられる豈は、山=大きい+高坏=豆、詰まり、大豆(おおきなたかつき)に食神のため多くの供物(丰=ほう)を捧げる事=豐(とよ)で、姉系卑 彌呼宗女臺與(とよ)+男弟伊都国王、兄系蝦夷=狗奴国王卑彌弓呼+妹系宗女壹與(いよ)と云う関係で、表に女性が立つか、男性が立つのかの違いになる。
馬頭観音系=長野県諏訪市の諏訪大社の祭神建御名方富神+八坂刀賣神になる。おそらく、山の女神山末大神(大山咋神)が麓の田畑に下ると、早乙女に拠る春祭り(田植祭)を行い、タノカンサー(稲の生育を見守る養父)に作物の生育を祈る。秋、大山咋神が山の女神として還ると、秋男が、秋祭りとして豊穣への感謝と翌年の豊穣も祈る(仰山)。



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