見まごう邪馬台国

◇近江と青海

  (5)腹(はら=pai)から稲(いね=pyo)

 「紀」腹中に稲生る。とあります。前項、眼(め)中の稗[buĕg][buăi][puai(pai)]と、近似音の韓国語「腹(pai)」から「プァィェ→ファィェ→ハィェ→ヒェ→へ」とすれば、尻(けつ→しり)に生る大豆=糞や屁(へ)なるのでしょうが、次項とも関連し、「記」二つ目に稲種(籾→粟=穀付き)生ると、同訓の「目(め)=女」から、天照大神が蠒(まゆ)を口に含み糸を手繰ると蚕蛾を育む繭(子宮)が失われて、保食神が転生した羽山戸神の妻大気都比賣の孕み子(蛾)が稲子()として陰(ほと)に生るか、腹中で胎児が臍(へ)の緒で繋がります。詰まり、稲(いね・いな)と命(いな・ち→いの・ち)は同源でしょう。
 「紀」顱上に粟生るを、「記」二つの耳に粟生るとし、「記」仲哀天皇(足仲彦)と離縁した神功皇后(息長比賣)の御子応神天皇の五世孫、継体天皇が尾張連等祖凡連の、目子(のこ)郎女を娶り、生む御子広国押建金日命(安閑)、建小広国押楯命(宣化)と、意祁(仁賢)天皇の御子手白髪命を娶り、生む御子天国(あめくに)押波流岐広庭命(欽明)の二統と、「三尾君等祖」若比売を娶り、生む大郎、出雲郎女と、「三尾君加多夫の倭比売を娶り、生む大郎、丸高王、王、赤比賣郎女(他)として分裂する。
 同様に中大兄皇子と中臣鎌子は父系蘇我稲目の子馬子(うまこ→のこ)を滅ぼし、その母系を併合後、大津宮の天智天皇(姉系斉明→兄系大友皇子)と藤原京(藤原鎌足)の妹系持統天皇(飛鳥浄御原宮の弟系天武)の二統が並立します。
 それが故、天之命開別尊(天智)天皇も古人大兄皇子の御子倭姫王を皇后とし、阿倍倉梯麻呂大臣の女橘(いらつめ)を娶り、飛鳥皇女と新田部皇女(天武妃)、栗隈首徳萬の女黒媛を娶り、水主皇女を生む(他)等、よく似た姻戚関係がみえます。
 「五行説」東で生まれた嬰児(日子)は、東南(四緑木星)で身体を司る魄が具わり、赤子として健やかに育つはずが、東「三碧木星」の碧(青緑)で阻まれて東海地方の遠江(とをつうみ)=青海尾張(終)へ向かいます。
 滋賀県近江八幡市緑町・同県東浅井郡虎姫町中野町(姉川)・同県愛知(えち)郡愛知川町の東側、不破関を挟み岐阜県郡上郡大和町・同郡八幡町以東は東海に群れ泳ぐ青魚の鯵(アチ→アジ→アニ)、群青の領域で、愛知(あいち→あち→あじ)県に分けられます。
 伊邪那大神の青海原を治めよと云われた須佐之男命は、妣の根堅州国へ行きたいと駄々をこねて伊邪那大御神に神遣いされる。天照大御神に暇乞いをと参上った高天原で、誓約(うけひ)に勝ったと乱暴狼藉に及び、再度、神遣いされ、之河上に到り、ヤマタヲロチを退治、櫛名田比賣と神大市比賣を娶り転生します。
 また、「記」神功皇后が海に入り禊ぎすると髪が自ずと解け、男子の御角髪(みみづら=耳鬘)になり、神功に応えた応神天皇が丸邇比布礼能意富美の娘宮主矢河枝比売を娶り生む宇遅能和紀(ウヂノワキ)郎子・妹八田若郎女・女鳥王。矢河枝比売の妹袁那弁(をなべ)郎女を娶り生む宇遅之若(ウジノワカ)郎女とあり、皇統は宇遅和気郎子(左耳=姉→兄)と宇遅若郎女(右耳=妹→弟)の東西に分裂、継体即位で二統の並立を経て、「紀」顱上に粟生り=併合します。
 京都府亀岡市の出雲大神宮、同府福知山市の元伊勢宮(内宮天照大御神と外宮豊受大神)、伊勢(いし→いせ)神宮境内を流れる五十鈴川の別名御裳濯(みもすそ)川に宇治(うじ)橋が架かり、内宮と外宮を併合。その後、尾張一の宮熱田大社(草薙剣=素戔嗚尊)は天照皇祖神(八咫鏡)を併祭して熱田神宮と称し、東西が併合されます。

稗=中国原産、イネ科の一年草。種子は、やや三角形の細粒。強健なため、古来、救荒作 物として栽培、粒を食用とした。粒・茎葉は飼料として優れる。 腹[pıuk][pıuk][fu]、稲[dog][dau][tau]、豆[dug] [dəu][təu]、糞[pıuən][pıuən][fən]、白[băk][bʌk][pai(po)]、魄[p`ăk][p`ʌk][p`o]

粟(あは)[siuk][siok][siu]=東アジア原産、イネ科の一年草。五穀 の一。日本では畑作での食用作物だった。実は小粒で黄色。米と混ぜて炊き、飴・酒の原料、小鳥の飼料。糯粟は餅とする。粟(しょく→そく→ぞく)=穀物の 事、扶持米、粟粒、容積の単位=勺の1万分の1。穀物(穀類)=主食となる米・大麦・小麦・燕麦・粟・稗・黍・玉蜀黍(とうもろこし)・豆類。

継体天皇=第26代、第15代応神天皇の御子若野毛二俣王の子の意富富杼王(妹は第19代允恭天皇の大后の曾孫)。先の意富富杼王の子孫の記述から、この一族は近江国(滋賀県)や越前国(福井県)周辺が地盤とされる。
 「紀」足仲彦(仲哀)天皇の五世孫倭彦王は、現京都府北桑田郡(亀岡市)の丹波国桑田郡に坐すとあり、京都府北桑田郡美山町を源流とする由良川は西流して同府福知山市付近から北上、福井県舞鶴市神崎で日本海に注ぐ。淘=(「由良」とも書く)砂を淘り上げて出来た平地。ゆり。
 「記」丸高王→「紀」三国公祖椀子(まるこ)皇子とし、「記」は、この三国=近淡海とする。福井県坂井郡三国町三国は九頭竜川と、その支流兵庫川の中州、大阪府大阪市淀川区三国 は淀川と神崎川の中州、同府堺市堺区三国ヶ丘は大和川と石津川の中州(扇状地)に在る。

他=息長の娘麻組郎女を娶り生む子、佐佐宜郎女(伊勢神宮に拜く)一柱。坂田大俣王の娘黒比売を娶り生む子、神前郎女、田郎女、白坂活日子郎女、野郎女(長目比売)、四柱。阿倍之波延(はえ)比売を娶り生む御子若屋郎女、都夫良(つぶら)郎女、阿豆(アヅ)王、三柱。「紀」多少の違いはあるが本筋は「記」に順ず。ただ、「赤比賣郎女」「白坂活日子郎女」等、性別を表す尊称自体が名前にされる事や、大郎子と大郎女と性別が変わる事、更には、意祁天皇祖父「記」白髪大倭根子命(清寧天皇)が、「紀」白髪武広国押稚日本根子尊とされる事にも意味があり、欽明天皇(皇后姫=宣化の御子)の三皇子と一皇女が即位する事は、「私説」姉・兄・妹・弟と云う四つの皇統に関連すると考える。
ササゲ(荳角・大角)豆=マメ科の一年生作物。ヤッ コササゲ(ハタササゲ)・ササゲ・ジュウロクササゲの3亜種がある。アフリカ中部原産。9世紀頃に伝わる。夏、淡紫色の蝶形花をつけ、秋、莢(さや)を結 ぶ。暑さに強い。莢・種子を食用とする。ササギ。継体紀「荳角、此をば娑佐礙といふ」
 また、から「聞→菊」、山口県豊浦郡豊田町と同郡菊川町(龍王神社)境、華山中腹西側に仲哀天皇殯葬所跡があり、周防灘を挟み対岸、福岡県北九州市小倉の旧地名の企救(きく)、北の洞海(くきのうみ=漏海)対岸の同市若松区は白山神社(菊理媛)が三所に鎮座します。

赤子=「白」上部の点(チュ)は、精神の動きを司る魂(日=白)と身体の動きを司る魄 (月=白)になる。白々とした曙光、その太陽が南中して明るくなる事を「赤」とし、両足の二点で足が立つ事を示唆、「人」の両肩の二点を付し、すくすくと 育ち、成人する事を「火」の文字で表す。*昌(さかん)。

三碧木星=伊邪那岐命は「愛しい我が妹の命を一つ(け→こ)に替えてしまうとは」と言い、枕元に腹這い、元に腹這い泣いた。その時、涙(那美足)から成り出でた神は香山の畝尾本に鎮座する名は泣沢女神(伊邪那美の魄)。その亡くなられた伊邪那美を出雲国と伯伎(ははき)国の境にある比婆之山に葬り、帯びていた十拳剣を抜いて、その子迦具土神の首を斬った<中略>。その剣の名は、天之尾羽張(あめのをははり→あめのをうはり)、亦名伊都之尾羽張(いつのをわり)とある。

近江八幡市緑町=白山神社、同市江頭町には日吉神社、同市田中江町には日枝神社、同市赤尾町の白髪(しらが)神社遺跡(白髭神社遺跡?)。尚、埼玉県大里郡妻沼町大字妻沼字女体1038 の白髪(しらひげ)神社祭神、白髮大倭根子命 配祀 天鈿女命、猿田彦命、倉稻魂命 合祀 須佐男之命。また、姫路市別所町佐土字北出口499の白髭(し らひげ)神社祭神、猿田彦大神。本来、猿田彦神社で、その後、当地大村山麓に遷座したと云う。僧円珍が唐からの帰国の際、その船縁に現れ、仏法守護を云わ れた新羅明神を白髭神と誤り伝えたと云われる。更には、近江国(大津市)の園城寺に新羅善神堂が鎮座、園城寺開祖智証大師円珍が唐から帰朝時、船中に顕れ た新羅国神を祀った。これが新羅明神で、素盞嗚尊とも五十猛神とも云われる。また、民間伝説では、神功皇后の半島征伐途中、的形の沖に差し掛かった時に波 が荒れ、思案の最中に波間から一人の老人が現れ、「このまま行けば必ず遭難する。海が穏やかになってから出発せよ。」とのお告げがあったと云う。その老人 を祀ったのが、白髭神社(猿田彦)と云う。

中野町=滋賀県東浅井郡虎姫町中野の矢合(やわい)神社(葦那陀迦神)は、高時川、田 川と姉川が合流する中州にある。延喜式神名帳に近江国浅井郡十四座の一、この一帯の山を八相(やわい)山と云い、古くは八相社(八相大明神)。往古より、 弓矢の神事ありて村民盛んに射的を神前で行ひ、多くの矢が行き合うことから矢合の文字を以て社名とする。葦那陀迦神は葦の生じ易い水辺を司どり給ふ神。こ の地、古くより、氾濫を繰り返したので、この神を祭る。世に云う、世々開(せせらぎ)長者は水の湧き出ずる状を表す語で、村民篤く敬仰す。境内に現存する 鐘楼は戦火をまぬがれし道成寺のものを移築したものなり。*矢合(やあい)神社「猿田彦神、應神天皇」滋賀県伊香郡西浅井町岩熊(やのくま)

不破関=岐阜県不破郡関ヶ原町松尾付近にあった古 代の関所。吉野に隠遁していた大海人皇子(天武)派が壬申乱に於て結集した所とされる。その経路には、桜峠・佐倉峠等の地名が見える。また、「八幡」とは 夫婦を分ける事(離縁)で、それが故、神功皇后の夫仲哀天皇は宇佐八幡宮ではなく、関門海峡を挟んだ対岸(下関市)の住吉神社に祀られる。

ヤマタノヲロチ退治=建速須佐之男命が出雲国でヲロチを退治、草薙剣を天照大御神に献上すると、再度、高天原での誓約の場面に移り、転移します。尚、ヲロチを三つに斬るともあり、その一つが剣神の御雷神に敗れた御 名方神が逃げ込む科野で、剣国が女系天之尾羽張と、陰陽(3+2=5)揃った伊都之(いつの)尾羽張とに分裂します。豊葦原瑞穂国と葦原中国、黄泉国(出 雲国と妣の根堅州国)に三分されたと考えられます。長野県の諏訪大社祭神建御名方神(妃八坂刀売)後裔が、平安期、諏訪地方から長良川や木曽川を流れ下 り、河川や陸地の終る尾張地方で、後代、坂東武者と呼ばれた人々として返り咲きます。

東西=福井県吉田郡永平寺町に「永寺」、その南側の滋賀県神崎郡永源寺町(現・東近江市)には「永寺」が在り、平安後期だろうか、この付近を最前線として西側の平家(+宗像氏か、松浦氏)と東側の源氏(+北条氏)が向き合い対立していたと思われます。

草薙剣=ヲロチのを斬った時、自身の剣刃が毀れたので、裂き割ると出た尾張一宮熱田神宮の草薙(十握)剣(建速須佐之男命の「建」)で、とも関連して伊邪那岐が一つ木の火之迦具土神を斬った剣名「天之尾羽張(亦名・伊都之尾羽張)」を、羽[ɦıuag][ɦıuo][ɦıu](iu→ü)の漢字音はヤ行「ユ」の近似音だが、日本語の「ウ」+「ハリ(hari→ari)」で「ワリ(uari)」として訓じると、「あめの(いつの)をぅはり→あめのをわり」になる。
 尚、伊勢平氏流平忠盛の娘婿、清盛の娘徳子が産んだ安徳天皇を祀る山口県下関市の赤間神宮にも御裳(みもすそ)川、愛知県一宮市に天照大神を祀る御裳神社がある。
 伊勢神宮の天照皇祖神御神体、八咫(やあた)鏡=八(捌→別)+阿手(あた)+鏡となり、「紀」左手に白銅(ますみ)鏡を持つと大日孁尊、右手に白銅鏡 を持つと月弓尊、また、御首(みぐし)を廻らせて顧眄之間に素戔嗚尊とあり、左手の大日孁尊を別けて、「紀」天照大神と「記」天照大御神、或いは、両手を 左手「天照大神」と右手「月弓尊」にされたと考える。*咫=拳の幅、或いは、掌の長さ
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