見まごう邪馬台国

◇ワッショイとワッソ

 日本の祭りで使われる掛け声「わっしょい」の語源由来を、韓国語「ワッソ(来た)」とする論説の一つは、凡そ、【】内の通りです。

 【御輿を担ぐ時等に使われる掛け声の「ワッショイ」を、古代朝鮮人が日本に到着、ワッソ・ワッソ(来た・来た)と喜びを表した事が始まりで、最初に韓国 語「ワッソ」が語源という説を主張したのは、啓明大学校教授金思燁や作家の金達寿と云う。その金思燁は、ワッショイの「ワッ」は朝鮮語の「来」の訓音「ヲ ((ワ)」(o)に過去時相助動詞「叱」(s)が付いて、来叱(o+as=was、o+s=os)、ショ(sjo)は尊敬の意を表す補助語幹、「イ」は相手に注意を喚起する意と感嘆の意も含む語尾で、全体の語義は、(神が)来られましたよ。になると主張、日本語「ワッショイ」の起源とした。】

 上記には反論あり、古代朝鮮語は殆ど解明されておらず、「ワッソ」という形態が使われる様になったのは16~19世紀末の中期朝鮮語の後半以降とされ、 朝鮮語「ワッソ」を「ワッショイ」に関連付ける合理性はない。よく云われる日本の文化を韓国起源と剽窃する韓国起源説の一つとだとする人もいます。
 私見では、古代朝鮮語の全容が解明されてないのであれば、古朝鮮語に「ワッソ」が無かったとは云えず、歴史的にいえば、豪華な神輿や飾山笠等が現れたの は室町後期~江戸期とされますから、16~19世紀末の言葉が使われたとしても不思議ではないと思いますが、この時期に渡来した人々か、この頃に朝鮮半島 と密接な繋がりのあった人々となりますので、豊臣秀吉の朝鮮出兵の後、陶磁器の職人等が考えられます。
 ただ、中世以降に成立したと仮定して、現在、韓国内では、日本の神道に近い宗教的な行事 は扶余族の巫女が行う祭祀くらいで、この時にも何らかの声を発するのでしょうが、それに就いての言及はない様ですので、現在の朝鮮半島で近いものが使われ ていないのかも知れません。こうした事を考え併せると、この言葉の担い手を16~19世紀末に渡来した人々とするには、少し無理があるのかも知れません。
 況してや、古来、中国大陸や朝鮮半島内での政治状況が変化した事に因り、安住の地を追われて命からがら逃げてきた加羅や百済、更には新羅や高麗等、崖っぷちの人々が居り、この列島に向けて必死の思いで渡海、到着した時に発した声だとすれば、遙々、来たではなく、やっとの思いで辿り着いたと云う安堵の言葉を発するのでないでしょうか。更に、韓国語「ワッソ」の発生時期の如何に関わらず、語源とすれば、亡命人を担ぎ乗せた海民や迎えた人々は彼等を、神、若しくは貴人として崇めるか、強制されていなければ成立しません。
 例えば、渡来系製鉄民が祀る火之神との関係を取り沙汰される宇佐八幡神は、奈良時代、東大寺の大仏建立に際して金と銅を勧進し、開眼供養に参列するため、神 輿に乗って行ったと云う記述が、『八幡宇佐宮御託宣集』等にあり、古くは、朝鮮半島内で使われていた言葉として、弥生期に半島経由で渡来した人々が自身の 神を乗せた御輿の担ぐ時、「神が来られましたよ」と取り巻きの人々に知らせるとすれば、先の金思燁氏の説も整合性はあるかもしれません。しかし、朝鮮半島 からの渡来系神様と伝承される神社だけでなく、日本古来の神様も多くあります。また、神輿は天皇や貴族を乗せて担いだ御輿が発展したとも云われますので、上記の論拠では十分な条件とは云えません。
 詰まり、「わっしょい」を韓国語「ワッソ」を語源とするには某かの疑問が残ります。今回は、ここ迄にして、次回は少し見方を変えて、日本古来の祭祀からの語源として考えてみたいと思います。

来叱(o+as=was、o+s=os)=現代韓国語には現代日本語と比べものならな い程の多くの母音がある。上記の如く、「オ」=「ア」に近い大きな口形で、「オ」と発音するものと、「ウ」に近い小さい口形で、「オ」と発音するもの。 「ウ」にも口を尖らせて発音するものと、「イ」の口形で「ウ」と発音するのもの等がある。旧くは日本語にもそれと同等か、近い数の母音が有ったと仮定しな いと、こうした転音は起こりえない。ただ、これが朝鮮半島由来の発音だったのか、どうかは判然としない。

中世以降=16世紀以降とすれば、朝鮮半島は仏教思想を国の基盤とした高麗が滅び、李氏朝鮮王朝が統一して100年程を経ており、現在と略同じ言語が使われたと推測される。

言葉の担い手=1900年代中期頃に使われた韓国語(ch'onggak)が語源とされる総角(チョンガー)、韓国(朝鮮)で未婚男子。成年を過ぎた独身男子の蔑称。旧髪型の名称(成人前の男子は結髪せず冠を着けず、髪を後ろに編みさげる風習があった)。俗に独身の男。

火之神=製鉄民だけではなく、陶磁器の職人も火之神(+土之神)を祀るかも知れない。弥生期、渡来した彼等独自の言葉だったとすれば、半島由来と云える。但し、こうした職人も中国大陸からの流入と云われる。

神輿=和歌山県那賀郡粉河町(現紀ノ川市)中鞆渕58の鞆渕八幡の神輿は国宝の沃懸地鈿金銅装神輿とされる。安貞二(1228)年石清水八幡宮が神輿を新調したので、古い神輿をもらい受けたと伝わる。平安時代の貴族の輦台(レンダイ)に類似する形と云う。

日本古来=原人が発生したと云う証拠はないので、氷河期、北回りで凍った北海を南下して北海道から中部付近に住んだ人々と、朝鮮半島 を経由して西日本に住んだ人々、二種の縄文系狩猟採集民、大陸東南部から南西諸島を経て耕作民を伴い渡来した海民等、半島経由の弥生系遊牧騎馬民や畑作民 以外とする。 






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  1. 2016/05/05(木) 16:47:43|
  2. 3.日本語と朝鮮(韓国)語
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