見まごう邪馬台国

◇虎(とら)考

 広辞苑「虎」項、タイ語系南方方言、食肉目猫科に属す、アジア特産の猛獣で全長3㍍にも達する。上部と両側の色は黄色か黄褐色に黒い横縞模様があり、腹 部は白く、尾に黒い環がある。口は大きく鋭い牙を持ち、爪は鈎状に曲って鋭い。森林の水辺に棲み、昼間は洞窟等で過ごし、夜間に活動して種々の獣や鳥を補 食する。インドや満州、朝鮮半島に亜種が棲息する。
 「語源解説」古来、日本には棲息していないが、古くから「トラ」と呼ばれており、謎が多い。朝鮮語ホーラヌイ(horaŋ-i)からとする説や、古い朝鮮語の「ツル(tulu)=虎模様」が転じた等の朝鮮語起源説があります。
 虎(horaŋi)は、漢字音([hag][ho][hu])の中古音、狼[laŋ][laŋ][laŋ]を併せた造語とも云われますが、虎=ポム[pɔm]、狼=ヌクテ[nukte]と云う朝鮮語の固有語がありますので、同食肉目猫科に属す猫(koyaŋ-i)にも同語尾[-i]が付くので、猫属として括られると考えます。
 また、朝鮮語の鶴=ハク[hag]、その固有語のツルミ[tulumi]からすると、虎模様「ツル」は、鶴[ɦɔk][ɦak][ho(hau)]の近世音が虎と同音である事や、模様の形状が鶴嘴(つるはし)の形や鶴・鸛(こうのとり)等の飛ぶ姿に似るからか、似た音で呼ばれます。
 もう一つ、日本語の捕(とら)えると関連づける説もあり、朝鮮語起源と日本語的な「捕える」と云う解釈が加わったとしますが、これとて、古来より、虎の 毛皮が強い王者の証として捕らえられたのであれば、強い事が特徴的な名称になると思います。少し見方を変えましょう。
 私見で、古くから「トラ」と呼ばれた理由は、中国や朝鮮半島を含めた東アジア圏の文化や宗教観の輪廻転生思想も「陰陽五行説」西(白虎)とされる事に関連があると思います。
 漢和大辞典に拠ると、「狼(お・いぬ/おおかみ)」と似た漢字、狠[ŋuan(ɦən)][ŋuan(ɦən)][uan(ɦən)]=犬が噛み合う時に発する声。別音には「俗」物事の根が深く激しい様、根性が捻くれているとあります。
 二つの字形を「狼=犬+良(よし)」「狠=犬+艮(うしとら)」として、後者、「艮」=東北(干支丑(うし)=牛(失す)・寅(とら)=虎)の鬼門は、古来、鬼の出口とされます。漢和大辞典に拠ると、「艮」=「解字」目+匕(小刀)の会意文字とあり、よく似た字形の「匕(匙=さじ)」=魂を乗せ、天翔る天之鳥船(北斗七星)で天宮を目指します。
 一方、鬼の入口、西南「二黒土星(裏鬼門)=坤(コン)・未(ひつじ)=泥/申(さる)=猿」から霊魂は彼世(黄泉国)に去る。その干支「=猿」の韓国語「猿(wɔnsuŋi)」の語尾にも[-ŋi]、「羊」も漢字音と同じ[yaŋ]で、何故か、固有語はないらしい。  
 古来、東アジア圏で古墳等、被葬者の安寧を祈願して描かれる四神の一つ「西=白虎」とは、本来、黄色と黒色の模様を白色と黒色にし、亡者の穢れた肉体(黒)から抜け出た霊魂が彼世への入口、西北「裏鬼門(二黒土星)」から泉 国「中央(五黄土星)」へ行き、浄められ、魂と霊→魄に分けられ、「魂」は出口の東北「鬼門=八白土星(寅=とら)」から天鳥船で、北「一白水星(壬)」 の天宮に還った後、別の入口、陰極とされる西北の「六白金星(乾=戌亥)」が受け容れて妊み、「亥(ゐぬ)=猪(居ぬ→ゐづ→ゐる)」、再度、子宮(五黄 土星)で胎児を育むと、安産の象徴とされる戌=犬(いぬ)は、太(母性)とされる。その胎児が臨月を迎え、子宮から産出されると、犬=去(いぬ)とされます。
 一方、もう一つの出口、東「三碧木星(卯)」で輪廻転生した嬰児には、東南「四緑木星(辰)」で母乳を通じて「魄」を授かり、赤子として、すくすくと育ち、成人します。 以下、次回です。 

ホーラヌイ=虎[ho-raŋ-i]と猿[won-suŋ-i]は、接尾語の[raŋ-i]と[suŋ-i]が付いたものとある。この[raŋ-i ]= yaŋ-i → ryaŋ-i → raŋ-i  と転音、[ ko-yaŋ-i]の[yaŋ-i]は同語源とされる。また、[won-suŋ-i ]の[suŋ-i ]は、[beol-geo suŋ-i ]=裸の人と云う語義の[suŋ-i]で、これも霊長類の意味とすれば、[raŋ-i]も猫属として良い。尚、猿「wonsuŋ-i」にも[jan-nabi]と云う固有語がある。犬は、その鳴き声から[moŋ-moŋ-i ]や、子犬[gaŋ-ə-ji]が在る。

狼(お‐いぬ)=「忌詞」大犬の意。おおかみ。おいぬ様。「おおかみ(大神)」とあ る。ネコ目(食肉類)イヌ科の哺乳類。頭胴長約1~1.5m、尾長35~55㎝。毛色は灰色から茶色。犬の原種とされ、体形はシェパードに似る。曾ては北 半球に広く分布したが、西欧州・中国の大部分、日本等では絶滅。家族単位の集団で生活する。鹿等の大形獣の他、ネズミ等の小動物も食べる。日本の本土産は 小形でヤマイヌとも呼ばれたが、1905年奈良県を最後に姿を消し、大形の北海道産(別称エゾオオカミ)も1900年頃絶滅。
 尚、「老い」と云う言葉は、本来、負い・追い等と同源で、負う=背に荷を担ぐ事、追い=背に見て覆い被さる事で、老いは生きてきた年月を負う事で、「老いぬ=負いぬ」として良い。これと反対語が「若い」で、この場合、負う年月が少ない事、詰まり、数字が若いとなる。

丑(うし)=十二支の第2、動物では牛にあてる。北から東へ30度の方角。昔の時刻の 名。今の午前2時頃。また、凡そ午前1~3時の間、十二支の第2。中国の演劇の役名。道化役。「解字」手の先を曲げて掴む形を描いた象形文字とあり、魂 (鬼)を掴み取って天宮へ送ると云うニュアンスとすれば、丑(ウシ)と「失し」は関連があるのかも知れないが、午(うま)=杵(きね)との関係から牛=臼 (うす)と考えられる。
 尚、臼から杵(きね)=臼は女、杵は男を象徴。「記紀」国産神話、初め伊邪那美から声をかけたのが良くないと、生まれた蛭子(ひるこ→恵比須)と淡島 (胎盤)を流し去てきとし、女から男に働きかけるのは事は逆だとして、女王卑彌呼は宜しくないとするのかも知れない。また、男神の迦具土神を産み、陰(ほ と)を焼かれて亡くなった伊邪那美の頭方(まくらへ)で涙し、足方(あとへ)に涙した時、泣沢女神を生むとあり、伊邪那美命→男神迦具土神→女神泣沢女 神、伊邪那岐命→伊邪那伎命→天照大御神(伊邪那岐大御神)に転生すると考える。

鬼門=平安京の東北「艮(うしとら)」には、比叡山延暦寺を建立、出てくる鬼(兄=蝦 夷→姉)を浄霊し、永遠(延暦)の皇統(姉弟=めをと)を祈願した。現世の終末、南西「坤(ひつじさる)=京都市西京区南春日町」には、朝廷の尊崇の厚い 二十二社の一つ、藤原氏が奈良から春日明神を勧請した元官幣中社大原野神社がある。神仏混淆思想に拠る天台宗勝持寺(同区大原野)は役小角(えんのをづ ぬ)の開創で、後に最澄も本尊等を奉安したと伝う。平安前期、文徳期、範慶が大原野春日社の供養寺として中興。境内に桜樹が多く、俗に花の寺とも称。その 役小角は、伝承に拠ると生駒山中には前鬼と後鬼と云う鬼の夫婦は役行者に懲らしめられて従い修験者のために宿坊を営んだと云う。サルタビコとアメノウズメ の説話で互いに入れ替わり先導した前鬼、従った後鬼と考えられる。尚、東北地方等では、桜の樹や、その花には人の霊が宿るとも伝承される。

四神=北(玄武)=亀(陰→陽)と蛇(陽→陰)の合体。東(青龍)=珠(魂=陽気)を銜えて昇天する。尚、「火」も人に魂魄が揃った字形で、「赤」も人が立った正面の姿となる。南朱雀の「」は、成人した事を表す火(赤)から身体を司る「魄=(チュ)」が徐々に失われて足が動かない状態=年老いて身体が動かなくなり、「死」に近づく事を「紫」で示唆する。更に、精神を司る魂が抜け出て亡くなると、「(ひつじ)=亡骸」になる。

太(母性)=福岡平野東側の若杉山(福岡県糟屋郡篠栗町大字若杉)に坐す太祖神社(伊邪那伎尊→天照大御神))と西側の飯盛山に坐す飯盛神社の本社伊弉冉尊 合祀寶滿大神(玉依比売)→八幡大神(品陀和貴命)、中宮五十猛尊は、古代より夫婦山として国産伝説の基となった。
 茶碗をひっくり返した様な丸い姿の飯盛山は典型的な神奈備山。神社北側には志賀島で見つかった金印に就いて著した『後漢金印略考』で有名な青柳種信所縁 地の碑がある。尚、室見川を挟み飯盛神社東南には福岡県福岡市早良区四箇(しか)。他にも利根川と将監川中州の千葉県印旛郡栄町四箇(しか)、茨城県稲敷 郡桜川村四箇(鹿島神社・大杉神社)
 『宮川村史』大杉神社祭神久々能智神、五十猛命、大屋津姫命。三重県多気郡宮川村江馬に荻原神社が鎮座、荻原神社の創始年代は不明。文政七(1827) 年奉納の幡に「江馬大杉社榎村神社 奉再拝大屋津姫命大杉大明神廣前」とあり、当時、江馬大杉社か、榎村神社と呼ばれていた。度会延経の『伊勢国神名帳考 証』で、度会郡の延喜式内社榎村神社遺蹤地を江馬御に求めており、当社が後裔社とする。
 幡の大屋津姫命大杉大明神とは大杉神木の大杉明神と、その祭神大屋津姫命の事と思われる。大杉村の大杉明神は創立の歴史は分からないが、現在の神木の樹齢は1200年とされ、その隣の切り株が旧社とされている所から、その歴史は1200年程度としてよかろう。 そうすると大杉明神は山宮、荻原神社(大屋津姫・大杉大神・田心姫・他)が里宮か。とある。
 兵庫県龍野市龍野町四箇(よっか)付近の 同市揖保町中臣字宮ノ下の中臣印達(インタチ) 神社「五十猛神」の御由緒、宝亀元年六月十五日の創立と伝へ延喜式の制名神大に列せしも、中古より両部神道の為め、修験者が社務に干與するに及びて社背の 山上にありし十二所権現と唱ふる木像を本社に合祀の結果近世に至る迄、社名を蔵王権現とのみ称するに至る。明治10年10月10日願済の上、創立当時の社 名、中臣印達神社に復称、同年同月(明治12年5月とも)縣社に列せらる。とある
 「広辞苑」両部神道=本地垂迹(ほんちすいじゃく)説の根底をなす神仏調和の神道で、中世以降発達。御流・三輪流等の流派。明治以後、神仏混淆の禁止で衰頽。両部習合神道。神道習合教。

去ぬ= 〔自ナ変〕(近世後期、上方では四段に活用。関西方言に残る)行く。行ってしまう。去る。過ぎ去る。時が経過する。来る。死ぬ(=往ぬ)。帰る。腐る。悪くなる。

魄=身体を司るとされるので、乳母の乳(御食)=「五行説」白土(白金)を受ける事とすれ ば、伊勢神宮外宮の食神「豊受大神」に関係がある。一方、内宮の「天照皇祖神」は太陽光の化身(鏡)、「五行説」白水=魂(胤)になる。詰まり、山神(女 神)が水神(男神)=蛇となって里に降り、タノカンサーとして作物の生育を見守る案山子(養父)になる事と同じ。これも高天原からの天降りと同じで、例え ば、天照皇祖神(天照大御神→高木神)の血統が輪廻転生する事になる。神武天皇の正后五十鈴姫(伊須気余理比賣)は美和山神が蛇形として降り、里の娘と交 わり生まれる。

成人=南「九紫火星(朱雀)」の「火」は、「人(ひと)+(チュ=魂)+(チュ= 魄)」と云う字形で、嬰児に肉体を司る魄が宿り、魂魄揃い、赤子がすくすくと育ち成人する。朱色の「赤(あか)」も人の両足に魂魄が揃った事を示唆する。 また、天宮へ還った魂(精神を司る)を受け容れる陰極、西北「六白金星」=戌亥の戌(いぬ)=犬は人が大地に立つ姿とされる字形「大」の右肩に「(チュ)=魂」を付した「犬(いぬ)=去ぬ」は、それを育み送り出す安産の神とされる。「太」は、その魂が子宮に宿り、孕んだ状態の「亥(猪)=居」を表すと考えられる。
 尚、訓音「赤(あか)」は、天蓋が開(あ)き太陽が昇り、白々と明(あか)るくなる事、「明」の字形「太陽(魂)=白水」と「太陰(魄)=白土(白金)」が重なる事と、その訓音に拠ると考える。






 
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  1. 2016/05/22(日) 20:00:46|
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