見まごう邪馬台国

(4)都支国


  都[tag][to][tu]は、祝禱を入れた器を埋納し、城壁で囲んだ所。
  支[kieg][tʃıĕ][tsï]=小枝を手に持ち支える。

 使われる漢字音を併せると、「タッキェッ→タケ(タチェ)」となる。地名は、竹・武・高(たけ)・滝等、国の役割は、都を支える国=の祝禱を入れた器を守り、支える、一大率から派遣された官卑狗や副官卑奴母離等、武人の国とした。
 前項迄の比定地から福岡県福岡市中央区舞鶴の東側、筑紫平野東部、御笠川沿岸の同区板付(いたづけ)の水田稲作跡が発掘された板付遺跡や同区金の隈(金隈遺跡)の西側、
福岡県福岡市博多区竹下、同市南区高宮・高木付近一帯に比定する。後代、那珂川を遡った同県筑紫郡那珂川町成竹も含まれるか。 他にも以下の遺跡が在る。

 宝満尾(ほうまんを)遺跡 弥生後期(福岡県福岡市博多区下月隈)翡翠製勾玉・ ガラス製小玉・中国製明光鏡・素環頭刀子・鉄斧、土壙墓4基
 那珂八幡古墳 4世紀初頭(福岡県福岡市博多区那珂)翡翠製勾玉・管玉・ガラス製小玉(首飾り)・三角縁五神四獣鏡・赤色塗布の高坏他、前方後円墳(全長約75m)。

 狗奴国の北上に拠る攻勢に敗れた後、一部は服属を嫌がったのか、「記紀」建速須佐之男命や建御雷之男命(武甕槌命)の建(ケン)=剣が、建(タケ→タチ)と武(タケ)の二系に分裂する。
 福岡県糟屋郡新宮町立花(岳越山)東北の同県鞍手郡小竹(こたけ)町勝野・南良津(同神社)付近へ追いやられたと考える。ただ、福岡古賀市小竹・須賀神社(素戔嗚尊尊)、同県宗像郡福津市福間町小竹、同県北九州市若松区小竹は「をだけ」と訓むので、狗奴国の北上に因って分裂した武系が東征、佐賀県武雄市、福岡県糸島郡二丈町武、同県前原市武丸、同県福岡市早良区金武、同市西区吉武、同県小郡市力武、同県宗像市武丸島根県八束郡鹿島町武代(たけだい)、同県出雲市武志(たけし)町、福井県武生(たけふ→たけを)市等、日本海沿岸部へ領域を拡げる。
 尚、宮崎康平氏は「慶元本」郡支(クキ)国とするが、武系が福岡県北九州市の洞海(くきのうみ)沿岸部へ移動後の名称で、建(天之)系は出雲付近で国譲し、科野付近迄、追われたと考える。

 「仲哀紀」紀伊国徳勒(とくろく)津を出発した仲哀天皇は使者を角賀(つぬが)に遣わし、皇后に勅し、直ちに出発して穴門(あなと)で会うようにせよ~云々。穴門を現山口県下関市付近、角賀(つぬが)を福井県敦賀とするが、徳勒津の所在は不明とされる。
 漢和大辞典に拠ると、角[kŭk][kɔk][kiau(kiue)]・賀[ɦag][hə][ho]、万葉仮名成立期の中古音「コクファ→カッハ→カハ(カカ)」、福岡県田川市東側、同県京都郡勝山町(現みやこ町)の仲哀隧道(七曲峠)の西側、同県田川郡香春町勾金(まがりかね)の鏡山大神社の河内(かはち→かぁち)王墓(陵墓参考地)、その勝山町と同県行橋市津積(つつみ)の境、御所ヶ谷神籠石があり、九州西北部から神籠石の担い手も移る。
 徳[tək][tək][tə]=生来、備わった本性、本字「彳+直+心」。勒[lək][lək][ləi]=馬を馭する革紐、勝手に動かない様に引き締める=制御、程よく調整する、訓「あらたむ」。
 草原の馬=海原の船とした様に、神功皇后の新羅討伐に助力した住吉系海民(+蛋民の鰐)と外洋航海民の陸鰐等、邪馬臺国伊都国連合に属した海民の連合、投馬(タクマ)国も玉依姫+山幸彦→葺不合系と海幸系豊玉姫→豊玉彦の二系に分裂する。
 「記紀」成立期の中古音で、「タクラク→タクッラッ→タッラ」とすれば、建羅(タクラ→タラ)=多良・太良・足(たり→たら)や、竹田(タクラ→タケダ)で、長崎県西彼杵郡(諫早市)多良見町、佐賀県藤津郡太良町多良等がある。

板付=イタッキ(一大城?)→イタッケ→イタヌケ→イタヅケと転音したか。「紀」素戔嗚尊の子、五十猛(いたける→ぃたけの)命と関係が在るのか、付近には、五十川(ごじっかわ→イカガワ→イラガワ→イタガワ)と在り、他にも山形県長井市五十川(イカガワ)、同県西田川郡温海町五十川(イラガワ)。

「建」[kiān][kıʌn][kien]=近世音[jian]と中古音が同音(剣[klıăn][kıʌn][kiem])。また、「武」=と止の合字とあり、何れも武官だろうが、銅矛と鉄剣の違いかも知れない。また、繭[kăn][ken][kien]ともあり、以下の説話にも関係するのかも知れない。また、「記」国産神話、肥国=建日向日豊久志比泥別、建日別=熊曽国とある。
 「紀」眉上に生れり。漢和大辞典「蠒(爾+虫)」項、繭(まゆ)の別字とあり、眉(まゆ)と通音して対応する。「記」頭(かしら)に蠶(かひこ)生るとし、「蚕」項、蚯蚓(みみず)とし、「記」蠶(替+虫+虫)は「解字」桑の葉の間に入って食べる虫、潜(もぐる)・簪(かんざし)等と同系字で、「蠶」=繭(蠒=まゆ)を被り隠る虫=甲隠(かひこ)は卑弥呼(秘巫女?)かも知れない。

をだけ=島根県能義郡伯太(はくた→はかた)町小竹(ヲダケ)、富山県高岡市小竹(ヲダケ)・御馬出(おんまだし)町・五十里(いかり)、同県氷見市小竹(ヲダケ)・五十谷(いかだに)・伊勢大町、石川県鹿島郡鹿島町小竹(ヲダケ)、茨城県鹿嶋市高天原、神奈川県小田原市小竹(ヲダケ)・国府津・矢作、千葉県佐倉市小竹(ヲダケ)・飯塚・鹿島干拓・馬渡等がある。
 島根県の鳥取県西伯郡名和町小竹(コダケ)、京都府京都市左京区松ケ崎小竹(コタケ)薮町、瀬戸内海を渡り、徳島県阿波郡市場町小竹(コタケ)へ、或いは、琵琶湖を北上して、新潟県三島郡出雲崎町小竹(コダケ)・住吉町、秋田県南秋田郡井川町小竹(コダケ)花、宮城県石巻市小竹(コダケ)浜・伊勢町、少し飛び、東京都練馬区小竹(コタケ)町・豊玉へ移動した。
 福井県武生(たけふ)市(現越前市)国府は、奈良時代から越前国府の所在地とあり、「ヲダケ=男武」と「コタケ=篠(風神級戸辺神)」か。

武雄市=奴国の中枢とした佐賀県武雄市若木町川古・御所付近の伏尺(ふし)神社伝承には、壱岐真根子と、その娘、豊子の婿内宿禰は、姿形がうり二つで、その身代わりに死んだとされる壱岐直真根子の遺体を壱岐に運ぼうとしたが重すぎて、そこに葬ったとある。
 その経緯は5世紀初頭、履中期創建の玄界灘に突き出る岬の福岡県宗像市鐘崎の織幡神社(壱岐真根子・内宿禰・綿津見三神)に詳しい。 また、博多湾沿岸部福岡県福岡市西区生(いき)松原には壱岐神社(祭神壱岐真根子)が在り、同区今宿付近に湊を持っていたと伝承される。

郡支=上古音に拠ると、「ギゥァヌケ→グァヌケ→ガヌケ→ガケ(崖・垣)」、 「記紀」スサノヲが妻を匿った八重垣(やへがき)や神籠(こうご)石等の垣・籬に繋がるのかも知れない。おそらく、女王卑彌呼没後、服属を嫌い福岡県遠賀郡岡垣町高倉や遠賀川東岸の企救郡(聞物部氏)、現在の福岡県北九州市付近仁移動したか。(5)彌奴国は福岡県宗像(むなかた)市付近、(6)好古都国は大分県中津市博多付近に移動したのか。

紀伊国=紀[kıəg][kıei][ki]・伊[・ıər][・ıi][i](木国)を「キェィァ→ケヤ」とすれば、糸島半島西北岸、糸島郡糸島町芥屋(けや)大門や可也(かや)山、長崎県西彼杵郡多良見町化屋等がある。*穴[ɦuət][ɦuet][hiet]
 尚、
鬼[kıuər][kıuəi][kıuəi]・奴[nag][no(ndo)][nu]=「キゥァ・ナッ→カナ/カノ・カヌド→クド」国とすれば、狗奴(かな→くぬど)国で、本来、同国だったか。竈(くど)神の奥津比賣(大戸比売神)とも関連が在るかも知れない。

角賀(つぬが)=角(つぬ→つづ→つる)とすれば、角賀(つぬが→つるが)=敦賀(鶴賀)ともなり、水流(つる)・都留・鶴等の地名が在る。
 仲哀天皇の父倭建命(日本武尊)が大鳥(おおとり→つる)となって飛んでいく事とも繋がり、福岡県田川市、同県山門郡(柳川市)三橋町、南九州の霧島連山付近には、白鳥神社(倭建命)鹿児島県薩摩郡薩摩町中津川
、白鳥神社(日本武尊)鹿児島県曽於郡有明町伊崎田等。
 他にも大阪府羽曳野市古市の白鳥神社(日本武尊・素盞嗚命・稻田姫命、合祀饒速日命・廣國押武金日命)、岐阜県郡上郡白鳥町、愛知県岡崎市大和町、香川県大川郡白鳥町、白鳥神社「日本武尊」富山県富山市寺町字向田や、白鳥神社「日本武尊」富山県婦負郡八尾町三田字道円、刈田嶺(かったみね)神社「日本武尊」の宮城県刈田郡蔵王町遠刈田温泉仲町、刈田嶺神社「日本武尊(白鳥大明神)」同町宮字馬場等が在る。
 尚、角(かど→くま→すみ→つみ)とすれば、注⑥の竈(くど/かまど→くまど)神や、海神綿津見神や穂積(ほずみ→ほつみ)、沿岸航海の神、墨之江(すみのえ)=住吉神、山神とされる大山津見(おおやまつみ)神、河を遡った安曇(あずみ→あつみ)とも繋がる。*日吉(ひえ)=日枝

竹田=福井県坂井郡丸岡町竹田、長野県東筑摩郡山形村竹田、愛知県海部郡十四山村竹田、同県名古屋市瑞穂区竹田町、同県丹羽郡大口町竹田、兵庫県氷上郡市島町竹田、同県姫路市竹田町、同県三方郡温泉町竹田、奈良県橿原市竹田町、同県御所市竹田、同県磯城郡田原本町竹田・宮古・八尾(鏡作神社)、岡山県英田郡作東町竹田・豆田横田、同県岡山市竹田・楢津・山田・大和町、同県苫田郡鏡野町竹田・美作大野(女山)、広島県深安郡神辺町竹田・山田、香川県三豊郡豊中町笠田竹田、福岡県行橋市竹田、同県京都郡勝山町(御所・御所ヶ谷神籠石)、大分県竹田市竹田・玉来、同国東郡国見町竹田津・櫛海・櫛来、同県日田市竹田・有田豆田山田、宮崎県東諸県郡国富町竹田。


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コメント

「ことのは」記事、参考になります

記事拝見しました。
なかでも、カテゴリーの「ことのは」は、日本人のルーツを考える点で大変参考になります。
草々
  1. 2017/04/11(火) 17:03:26 |
  2. URL |
  3. レインボー #-
  4. [ 編集 ]

Re: 「ことのは」記事、参考になります


コメントありがとうございます。

言葉の成り立ちなどは、手掛かりが全くありませんので
想像する以外にございません。
少しだけでも核心に近づくよう、試行錯誤の毎日です。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


  1. 2017/04/12(水) 16:36:25 |
  2. URL |
  3. 未万劫哉 #-
  4. [ 編集 ]

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