見まごう邪馬台国

◇ヤマタノヲロチ

「ヤマ・タ」を海民の領域を別けた事としましたが、丸括弧内の別音を「ヤワタ」とすれば、八(や)・海(わた)ともなります。一方の「ヤ・ワタィ」は、私(わたひ→わたい→わたし/わて)、儂(わし→わい)から「ヤワタィ→ヤ・ワタシ(八渡)」、或いは、「ヤマタィ→ヤ・マテ(八真手)」としても良いでしょう。また、中国語では漢字の音韻が「N→R」に変化する事が在り、そうした漢字が日本語では「N→R→J/Z」とされて、日(にち→じつ)、人(にん→じん)等に変化します。これらを考え併せると以下の如く、ヤ・ワタィ→ヤ・ワタシ→ヤ・ワタジ→ヤ・ワタニ→ヤ・ワタリに転音したすれば、外海の渡海や河川の渡し等との関連が考えられます。
例えば、宇佐八幡宮祭神の「記」神功皇后の新羅征伐では山神と住吉系海神や河川神が援助したとあり、その中、渡屯家(わたりのみやけ)とされた百済(ペクチェ→くだら)の「済=渡す」ですから、「クダラ」は、朝鮮半島から海峡を渡り、日本列島へ南下(くだ)る国(ら)、済州(チェジュ)島も罪人を渡す流罪の島となります。また、「神功記」今より以後、天皇の命随に御馬甘(みまかひ)として年毎に船を雙めて、船腹を乾さず、檝柂乾さず、天地の共與(むた)退む事なく仕へ奉らんと在り、この御馬甘=御馬飼にされた新羅(しるらぎ→しらぎ)にも何らかの意味があります。
例えば、旧く舳先が龍の頭や馬の頭にされた事、古英語では船(mere-hengest)=海の馬とされ、ギリシア神話に登場するトロイの木馬も大きな木船だったと思われます。また、中国南部の沿岸では航海の安全を司る女神を「祖」と呼ぶ事、海[mәg][hai][hai]と馬[mag][ma(mba)][ma]の上古音が近似音にされる事を考え併せますと、草原を走る馬と海原を走る船と云う共通項になります。詰まり、御馬=御船とすれば、朝鮮半島東南部の女王国に服属しない倭人系造船民や外洋航海民の南加羅?が新羅(しらぎ)とも考えられます。
もう一つ、「ヤ・マタ」とすれば、「記紀」出雲神話、神ヤラヒされたスサノヲ(異界からの来訪者)が肥河上の鳥髪地で退治したとされるヤマタノヲロチ(八岐大蛇・八俣大蛇)とも関連が在るのかも知れません。肥河の流れが血に変わる中、大蛇の尾を斬りし時、御刀の刃が毀れたので怪しと思い御刀の前で刺し割いてみると草薙大刀(都牟刈大刀)ありき。異しと思い天照大御神に白し上げ賜いきとあります。その後、スサノヲは大山祇(大山津見)の子脚乳と乳(足名椎・名椎)の娘奇稲田姫(櫛名田比賣)を娶り、「「紀」素戔鳴尊、自天而降到於出雲簸之川上。則見稻田宮主簀狹之八箇耳女子號稻田媛乃於奇御戸爲起而生兒、號淸之湯山主三名狹漏彦八嶋篠。一云、淸之繋名坂輕彦八嶋命。又云、淸之湯山主三名狹漏彦八嶋野を生むとして三つの名前を持たせるが、二番目を「名を繋ぐ」として二系に分裂した事を示唆します。更には「紀」因勅之曰吾兒宮首者、即脚摩乳手摩乳也=勅して曰わく、吾が児の宮の首(おびと)は即ち脚摩乳手摩乳也とあります。
一方、「記」隠所を起こして八島士奴美神を生みますが、同じ大山津見の女神大市比賣を娶り、大年神、宇迦之御魂神を生むとして、士奴美神と大年神(+宇迦御魂神)の二系を示唆します。また、足名椎だけを呼び、我が宮の首たれと名を負せて稲田宮主須賀耳神と號づけ賜ふとします。「記紀神話」ヤマタノヲロチ退治も天照大御神(海幸)と誓約したスサノヲ(山幸)が海の領域を別けた後、出雲に下り、大蛇を退治して大山祇(大山津見)の領域をも分裂させたと考えられます。
次回は、山(ヤマ)と近いニュアンスを持つ言葉、海に浮かぶ島 (しま)は、どんな意味を持つのか考えてみましょう。
 
八真手=真手(両方が揃う)、馬刀貝(まてがい)=遊牧騎馬民が使う直刀に似た形状の貝とも考えられる。
百済(ペクチェ)=多くの部族(百)を済すと云う語義か。また、済(すむ)之江=住之江とも関連が在るか.
「紀」素戔鳴尊所行無状。故諸神、科以千座置戸、而遂逐之。是時。素戔鳴尊、帥其子五十猛神、降到於新羅國居曾尸茂梨之處。乃興言曰、此地吾不欲居、遂以埴土作舟、乘之東渡、到出雲國簸川上所在、鳥上之峯。時彼處有呑人大蛇。素戔鳴尊、乃以天蠅斫之劒、斬彼大蛇。新羅國、居曾尸茂梨之處。乃興言曰、此地吾不欲居、遂以埴土作舟、乘之東渡、到出雲國簸川上所在、鳥上之峯。時彼處有呑人大蛇。その子、五十猛神と新羅(しらぎ)に居たとあり、舟に乗って東に渡る。
「八嶋」=八(ヤッ)++山(やま)+鳥(とり)=天之鳥船、嶋[tog][tau][tau]とすれば、ヤ・ヤマタゥ→ヤ・ヤマトとなり、再度、「ヤマト」がヤマト(明日香)とヤマタゥ(飛鳥)に分裂し、山背→山城として平安遷都、一方は東国(蝦夷)へ追われたと考える。
稲田宮主須賀耳神=八耳は「魏志倭人伝」投馬国の官彌彌(メメ→ミミ)と副官彌彌那利(ミミナレ)に関連すると思う。「記」左目を洗うと顕れた天照大御神には高天原を治めよ。右目を洗うと顕れた月読(月夜見)命には夜食国を治めよ。鼻を洗うと顕れた建速須佐之男命は海原(船)を治めよと命じられたが、亡母の山陵のある妣国(黄泉国=夜見)=出雲に行きたいと嫌がり、イザナギ大神に神避いされ、海原(海人の鰐=わに)を失うと川を遡り、出雲へ向かい男系と女系に分裂した。天之忍穂耳命の子、天降りした天孫瓊瓊杵尊(邇邇芸命)の妻大山祇(大山津見)の娘で、倭人磐長姫(石長比賣)の妹木花咲耶姫(木花佐久夜毘賣)は阿利那礼川(水道)を司る。「神功紀」裂田溝(うなて)=福岡県筑紫郡那賀川町安徳・裂田神社とも関連し、治水池(水城)の維持管理をも掌ったと思う。


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  1. 2014/08/07(木) 01:18:08|
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