見まごう邪馬台国

◇大和の音構成は「ヤマ・ト」「ヤ・マト」「ヤ・マ・ト」の何れか?

前回、提示した孝霊天皇皇女「紀」倭迹迹日百襲姫と「記」夜麻登登母母曾毘賣に使われる上古音と中古音は以下の如くなります。
倭[・uar][ua] (異音 倭・委[・iuar][・ıuē])
迹[tsiak][tsiɛk](チァッ→タ/ッセァッ→ッサ) 訓「あと」 *「タ」とすれば甲乙の違いは無い
登[təŋ][təŋ](タゥ→ト)
日[niet][niēt(rıĕt)](ニェッ) 訓「ひ」
百[pak][pʌk](パッ) 訓「もも」
母[muəg][məu(mbəu)](マゥ→モ)
襲[diep/yiep][ziep](デフ/ィイェッ・ゼフ) 訓「おそふ→ッそぅ」
曾[dzəŋ][dzəŋ]=ゼゥ(ソゥ)
 
「紀」夜摩苔(倭)として字音字訓を併せ訓じると、「紀」倭迹迹日百襲姫「ヤムァタィ・ァトァトヒ・モモゼゥ」となります。一方、「記」夜麻登登母母曾毘賣「ヤマタゥ・タゥマゥ・マゥゼフ→ヤマト・トモモゾ」=夜麻登・部・母祖を同一人物とすれば、前者の「倭」=夜摩とし、「ヤムァァト・ァトモモゾ」=夜摩迹・部・母祖とせざるを得ませ。これが正しいとすれば、何れの「ヤマ」にも略同音の漢字が使われる理由が解ります。
異漢字を用いた理由は「紀」漢音と「記」呉音に拠るからとするのでしょうが、態々、訓音の「百(もも)」を「母母」、同「襲(おそう→ッそぅ)」と曾(ソゥ)とする必要はないでしょう。また、その皇女の妹とされる「紀」倭迹迹稚屋姫と「記」倭飛羽矢若屋比賣と在り、その漢字音は下記の如くなります。
迹[tsiak][tsiɛk](チァッ→タ/ッセァク→ッサッ) 訓「ぁと」
飛[pıuər][pıuər](ピゥァ→プァ→ハ) 訓「とふ→とぅ」
羽[ɦıuag(ɦıuo)][ɦıu](ヒゥァッ→ファ/フィゥォ→ヒォ・フィゥ) 訓「は」
矢[thier][ʃıi](シュィ→シ) 訓「や」
稚[dier][dıe](ヂェ→デ) 訓「わき」
若[niak/niag][niak(riak)/nia](ニァッ→ナ) 訓「わき」
屋[・uk][・uk](・ウッ) 訓「ィア→や」=家
 
前述に順い両者とも、倭迹(ヤムァァト)、倭飛(ヤムァトフ→ヤマトゥ)として字音と字訓を併せて訓じると、前者は「紀」倭迹迹稚屋=ヤムァ・ァトァト・ワキア→ヤマ・タタ・ワケ(耶麻父別)、後者は「記」倭羽矢若屋=ヤマトゥ・ハヤ・ワキァ→ヤマトゥ・ハヤ・ワケ(夜麻登速別)となり、姉系統の分裂を示唆するとも考えられますので、「記紀」が夫々を異漢字で記した理由を精査すべきでしょう。
後者の「ハヤ」は「紀」速素戔嗚尊、「記」建速須佐之男命、水戸神速秋津日子と速秋津比賣等の「速」で、八万神に山から吹き下ろす山背風で神避いされたスサノヲは、出雲の肥河上ヤマタのヲロチを退治すると、倭人の領域が「夜麻登」天照大御神と、「耶摩騰」速須佐之男命+「夜麻苔」名田比賣の二系に分裂、「記紀」の時系列は前後しますが、南風(速)に乗り、高天原(やま)に舞騰ったスサノヲが天照大御神とのウケヒ後、その勢いに圧された天照大御神(+思金神)は天之岩戸に籠もった後、天磐船に乗って東上(飛鳥)、大阪府河内郡付近に天降り、日の昇る東、日下(ひのもと→くさか)と称します。
それがため「記紀」海民豊玉姫と山民山幸彦(山幸毘古)の離縁後、妹玉依姫を御子の乳母(後妻)として送り、女系豊玉姫(+父系豊玉彦)と、山幸彦(父)+御子葺不合+玉依姫(養母→妻)の二系に分け、倭人の国が海民の国(大海上の島)と海民+耕作民の国(雲海上の島)とされ、夫々が前出の「ヤマト」三種になります。また、スサノヲの娘須世理毘賣を背負い木の国から出て行った倭人海民大国主神と、スサノヲの婿の葦原色許男と海民櫛名田比賣の二系に分裂、更には「記紀」葦原中国が事代主神(出雲大国)+天神系建御雷神(豊葦原水穂国)=北朝系と山津見系建御名方神(科野)+八坂刀賣(山背大国)=南朝系の二系に分裂する事も「ヤマ」と呼びます。
鳥とは大海上を走る船に対し、雲海上を走る(天之鳥船)で、雲海上の山頂の如く瀬戸内海上の大三島宮浦(愛媛県今治市)に鎮座する大山祇神社本社が山神にされる事と、海人綿津見に安曇系と穂積系がある理由と思われます。
 
父(ちち)=旧くは「トトサマ→タタサマ」とされた在る。また、「耶麻・手・足・別」「耶摩・足・別」とすれば、手足=船の漕ぎ手か。「記紀」櫛名田比賣(奇稲田姫)の親、足名椎(足摩乳)手名椎(手摩乳)、「可美真手命」等と関連する。「記」吉備津日子命(他二名)を産んだ皇女二人の生母の「紀」別名絚某姉(はへいろね)、妹の絚某弟(蝿伊呂杼/はへいろど)も娶り、「記」建吉備津日子命(他一名)を産むと在り、大国と若国の二系に別れた。
誓約(ウケヒ)=スサノヲは三女神(宗像大社)、天照大御神は五男神(出雲の天五神と同体?)と、対立した性の神を得たとされるので、神道的に云えば、夫々が、巫覡として祖神として祀ると考える。
 
日下(くさか)=太陽の日とは別字、太陰の月と同音「曰(ひらび)」に関連し、「魂魄」=精神を司る魂と肉体を司る「魄」が在り、後者は、陰陽五行説では東南「四木星」で宿り、赤子(蛭子)の足が立つと云われる。
「記」神武東遷、亀の甲羅に乗り、釣りをしつつ羽擧(はぶ)き来る人と速吸門で出遭い、棹を差し渡して御船に引き入れ、槁根津日子(さをねつひこ)と名付けた。倭国造等祖とある。亀が手足(船の櫂?)を鳥の如く動かす様子を「ハブク」とする。「紀」出雲国譲条、之碕、以釣魚爲樂。或曰、遊鳥爲樂。故以熊野諸手船、亦名天鴿船と在る。
大山祇神社=元国幣大社。祭神は大山祇神。伊予国一の宮。大三島神社、三島大明神、重要文化財の甲冑約7割強を所蔵。
 

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  1. 2014/09/12(金) 23:02:29|
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