見まごう邪馬台国

◇何故、大和(やまと)なのか(2)

 早くから列島には大陸を東行し、凍った北海を歩いて北回りで渡来した狩猟採集民の旧石器~縄文早期を経て、縄文中・後期~弥生前期に朝鮮半島を経由して焼畑農業と牧畜(遊牧)を生業にする人々と、沿岸航海を生業とする人々や南西諸島を経由して外洋航海民と共に渡来した南中国や東南アジアの水耕稲作を生業とする人々等、次から次に渡来し、海岸や河岸段丘、山腹等、上手く棲み分けていました。そうした国々へ天神系(夫餘族等の騎馬民?)の人々が遅れて渡来するとせめぎ合いが始まり、支配権を奪われた奴国連合は海民(邪壹国)、更には騎馬民(伊都国)に服属を余儀なくされたのだと考えます。
 
「記紀」イザナミが火神(騎馬系製鉄民?)を産んで身罷(みまか)り、陵(やま)に葬られてイザナキとの死別(離別)を示唆し、宇佐八幡宮の神功皇后(+比賣大神)と伊邪那美、応神天皇と火神は同体と考えます。その後、イザナキはイザナミの頭に腹這い足に腹這い涙(那美)するとナキサハメ神が生り、山(黄泉国=山陵)を降りた「イザナキ+木本のナキサハメ神」と「火神+母神イザナミ」に分裂します。また、「紀」伊奘諾に頸を斬られた火之神軻遇突智の身体に化生した山祇~、三則化爲麓山祇。四則腰化爲正勝山祇~云々。但し書きには「山足曰麓」とあり、「記」伊邪那に斬り殺された火之迦具土神の身体にも八つの山津見神が生るとします。*「岐」=山+支(手足→支え・別れ道)
  「記紀神話」倭人海民と耕作民の邪馬壹国(卑彌呼と男弟)と狗奴国(狗古智卑狗+卑彌弓呼)に分裂 し、卑彌呼の死に伴い攻め上がった狗奴国王(山幸彦)は宗女臺與(豊玉姫)を娶り併合しますが、半島の情勢変化に影響されて分裂すると、臺與(倭迹迹百襲 姫?)は転々と足跡を残して東上し、耶麻騰(飛鳥)を称しました。一方、邪馬臺(夜摩苔)と袂を別った狗奴国(百済)も後を追って東上、再度、邪馬壹国を併合して、夜麻登(太陽の昇る明日処)と称しました。それを嫌い、その国域を、再度、「ヤマ(八山)」した先発組は、飛鳥(壹與=玉依姫=伊豫)として山を下り(西下)、落日の筑紫に舞い戻り、苔むした磐(夜摩苔)と併合します。
 
大和の音訓、大(タィ)と和(ヤワ)し、この重箱訓みを逆から、ヤワ・タィ→ヤゥバ・タィ→ヤゥマ・タィ→ヤマ・トとしても、態々、この字で「ヤマト」と訓じる理由を小学生にも理解できる様に説明しなくてなりません。
 
述べてきた様に海人の倭人(わに)が分裂、天神(山背→山城)と繋がった事が一番目の 「ヤマ」で、平安遷都の理由とします。一方、袂を別った建御名方神系は、蝦夷(新皇平将門等)として東国に追われた後、東国武士(北条氏等)と呼ばれまし た。平安末期、島流しとなった源頼朝と繋がり、東国に鎌倉幕府を開き、西国には平家の領域が残った状態が二番目の「ヤマ」、「ヤマト」とは国域を分断する 事を意味します。
  南北朝期、そうした人々は、夫々、両朝へ結集して戦った後、足利尊氏は九州の宗像氏を頼り、南朝の後醍醐天皇外戚菊池氏と楠木正成を敗って京都に幕府を開 く。その三代将軍義満の頃、南北両統が併合、大国が和した思われます。詰まり、「記紀神話」の云う葦原中国が豊葦原瑞穂国と出雲大国の二つに分裂した後、 再度、併合される事、大国(やま)を和(た)す事と考えます。
 
尚、南北朝併合後、全ての天皇に「~仁」と付く事から、700年代の成立とされる正史「古事記」「日本書紀」や「続日本紀」も二系統のせめぎ合いが、一応、終焉した後、現在の形で完成したと考えます。

漢和大字典に拠ると、[mәg][hai][hai]と麻・馬[măg][mă(mbă)][ma]は略同音で、草原の馬と海原の船と同思想の言葉と考える。もう一つ、日々、海も満潮干潮を繰り返し、生活の糧を育む。母性も月毎に変化し、子を妊娠して母乳で養育する等、[muәg][muәi(mbuәi)][muәi]と母[muəg][məu(mbəu)][məu]も略同音で、太陰に拠る影響で生じる事として、旧くは同じ思想だった。
「記」香山(かぐやま)畦尾木本に鎮座する泣澤女神。「紀」此即ち畝丘の樹下に所居之神啼澤女命と号す。イザナキの後妻か。
乙巳の変を大化改新とする理由は出雲大国に国譲りさせた「夜麻登」が、その大国に化けた(併合)事と考える。尚、神仏混淆思想は、仏教系蘇我氏と神道系物部氏の併合で、神道が現世(生)を司り、仏教が彼世(死)を司る事(本地垂迹説と逆本地垂迹説)になる。
伊豫=奈良県吉野(御所)~香川県と徳島県を隔てて流れる吉野川、大分県と熊本県にも吉野がある。更には、四国山脈から福岡県と大分県に架けて、御在所岳や御所ヶ岳等の山名が見える。
大和(オ オヤマト)とされない理由は、南北朝後、表向き大国は一つだけだからと考える。尚、『日本書紀』は「耶馬騰」「椰磨等」「揶莽等」「野麼等「野麻登」「野 麻等」「耶魔等」「野麻騰」と「夜摩苔」「夜莽苔」等、十種が在り、夫々、某かの違いは在るのだろうが、「ヤマトゥ」「ヤマタィ」に分類される。


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  1. 2014/11/10(月) 23:51:34|
  2. 1.私論「大和」
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