見まごう邪馬台国

◇とんでもない

 今回から副題を「ことのは」とした理由の一つ、言葉(言象)の事に就いてを述べてみます。
先ずは、「有り難う御座いました」「お世話になりました」等に対し て、「とんでもないです」等と使う慣用句「とんでもない」に対する幾つかの説明(参照・田井信之「日本語の語源」)を見ながら語源を考えましょう。

 A途轍(とてつ)…筋道・道理・途方   B途方(とほう)…筋道・条理・手段・途轍
 とてつもない               無途方(むとほう)
  ↓(「つ」が落ちる)           ↓(発音と意味の強化)
 とてもない → 迚もジャない      無鉄砲(むてっぽう)
  ↓(強調の濁音「で」になる)       ↓(頭音「無」の脱落)
 とでもない                鉄砲
  ↓(強調の撥音「ン」が入る)       ↓(頭濁音で俗語化)
 とンでもない               伝法(デンポウ)…無法・法外・危険

 C途方もない
  ↓(「方」が落ちる)
 途もない → トーモナイ・トームナイ・トーナイ→トヒョーもない(上方語)
  ↓(強調の濁音「で」が加わる)
 とでもない(「菅原伝授」)
  ↓(強調の撥音「ン」が入る)
 とンでもない(浄瑠璃「職人鑑」)
  ↓(~ないの省略)
 とんだ(トンダめにあいの山「膝栗毛」)

 D途轍+途方
 とてつとほうもない
  ↓(短縮化した方言へ)
 トテッポーモナイ(岐阜県揖斐郡地方)…途方もない・大層な

 上記は、「途轍もない」「途方(もない)」の転音とします。ただ、日本語で、こうした変化が在るのでしょうか。また、そんな必要性があるので しょうか。「B途方」無途方→無鉄砲→鉄砲→伝法等、その語義や機能的なもの迄も損なっています。他にも以下の如き頓珍漢な意見もあります。

  「敬語の指針(P.47)」は「とんでもございません(ありません)」を相手からの誉め言葉に対し、謙遜しながら軽く打ち消す表現として問題ないとしますが、非常に明解な書き方の『敬語再入門』は、これに関して言葉を濁している印象です。そもそも「とんでもない」は、何かを難じるか、相手の言動を強く打ち消す語なので概して敬語に馴染まない。ただ、相手から過分な贈答や評価、申し出等を受けた際の受け応えに、「とんでもございません」も使われる様ですが~(後略)。

 
先ず、この慣用句の持つニュアンスを理解するため、広辞苑に拠り、「とんでもない」項に見える語義(1~5)を拾い、私なりに補足説明します。

(1)意外である=発言者にとって思ってもみない事、順当でない。見当ちがい。まさか、そんな事とは等の当惑したニュアンスになる。
(2)手の施しようがない=発言者自身、第三者に拘わらず、その行いが過ぎたか、正当でない間違いや不当な手違い等が在り、既に手当のしようがない状態となり、途方にくれると云うニュアンスが在る。
(3)取り返しが付かない=前項の(2)と同様、その行いが過ぎたか、順当でない間違いや手違いに因り、見当が外れたため、手当が遅れ、目途・目論見等が不意になり、途方にくれると云うニュアンスが在る。
(4)道理を外れている=相手や第三者の話を聞いた話者が、その道理に合わない、穏当でない、妥当でない、当然ではない事柄に対して、当惑し、憤慨し、反論や指摘すると云うニュアンスが在る。
(5)滅相もない=あり得べきでない、勿体ない。妥当でない、相当でない、当然でない等のニュアンスで、やんわりと謙った感じで打ち消す。

 述べてきた事からすれば、「途轍もない」「途方もない」「途でもない」等の言葉が持つニュアンスでは、(1)意外である。(5)勿体ない等のニュアンス は持ち得ません。況んや、何かを難じたり、相手の言動を強く打ち消すと云う語でもありません。今回は、ここ迄にしましょう。

途轍もない=非常に度を外している。図抜けている、比すべきものもない、条理に外れている、手の施し様がなく当惑する→とんでもない
迚も=〔副〕「とてもかくても」の略、(否定を伴い)どんなにしても、なんとしても、到底、どうせ。ともかく、所詮。非常に、大変。
途方もない=条理に外れている。図抜けている、比すべきものもない。手の施し様がなくて呆れて惑う→とんでもない。途方=方向、目当て、当て所、方針、手段、手立て、方法、方途。筋道、条理等。語義から、「鉄砲」=手法・手方(じゅほう→じっぽう→てっぽう)か。
トンダ=飛んだ(飛び離れている意か)。〔連体〕普通と違った。風変りな。思いがけなく重大な。思いもよらない→とんでもない。大変な。逆説的に予想外に良い意にも用いる。〔副〕非常に、と在るが、とんだ災難(とばっちり)=まさに災難とは違い、ぶっ飛んだ奴→とんでもない奴とされて、「トンだ(飛んだ)」=常識的でない、度を超えている、道理を外すと云う語義に派生したのかも知れない。
とんでも御座いません=本来、「とんでもない」を一語とすれば、語義的に、とんでものう御座います。が正しい使い方とされる。ただ、注記との関連からすれば、とんでも有りませんは、「とんだも→とんでも」を「ありません」と否定したとすれば、容認されるのかも知れない。

滅相=〔仏〕一切の造作せられしものにある心身壊滅の相、真如の常住で寂滅である相、[副]無闇な状態、法外な状態→とんでもない。 
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  1. 2015/05/28(木) 17:02:14|
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コメント

こうやって言葉を精緻に眺めてみると、まるで違ったものに見えてきて面白いです。またじっくり読み返しますm(__)m
  1. 2015/05/31(日) 22:16:22 |
  2. URL |
  3. とがみ #-
  4. [ 編集 ]

どうも

とがみ君へ
早速のコメント有り難う。何か、解らない事や判らない事があったら何度でも聞いて下さい。


>こうやって言葉を精緻に眺めてみると、まるで違ったものに見えてきて面白いです。

述べた事の全てが正しいとは限りませんが。こうした見方をしている人が他には居ないと思います。還暦爺の自画自賛です。
毎週、木曜辺りに更新しますのでお楽しみに。

  1. 2015/06/02(火) 10:39:45 |
  2. URL |
  3. 未万劫哉 #-
  4. [ 編集 ]

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