見まごう邪馬台国

◇まんざらじゃない


 【「まんざら」は語源が明確ではないので、何が否定されるのかが不明確で、否定文型は とっているが、否定しているのではなく、寧ろ肯定している様でもある】等と頓珍漢な事を述べる人も居ます。広辞苑「まんざら」項、正に、全く、一向(ひた すら)から推測すると、以下の如くなります。
 その用字、「満」=満ちる→全く。「更」=物事の順序や在り方を変える、入れ替える等の語義を併せますと、少しずつ満ちて更代する→まるで変わる→全く→正にと派生したと考えられます。また、以下の如く、述べる人も居ます。
 【A「田舎暮らしも、まんざらじゃない」、B「そういわれるのも、まんざらじゃない」、C「アメリカ娘も、まんざらじゃないわよ」等には、何れにも「~ も」と文中に助詞「も」が使われます。助詞「は」=全部否定で、助詞「も」=部分否定の違いでしょうか。】等、日本語が理解できてないのではと思ってしま います。 そこで提示された例文(ABC)の文意と、「→」の後に「~は、まんざらじゃない」にした文意を述べると以下の如くなります。

  A(話を聞いたり、経験してみると)意外に田舎暮らしも悪くない。→ (以前から何となく)田舎暮らしは悪くないと思っている。
  Bそう云われたのであれば、意外と悪い気はしない。→ もし、そういう風に云われるのであれば、悪くはないな。
  C(思ってたより)アメリカ娘も捨てたものじゃないでしょ。→ (他は知らないけど)アメリカ娘だって、捨てたものじゃないわよ。

 (C)の場合、前後の脈絡に拠っては「他は知らないけど、アメリカ娘だけは、その気なってる」と云うニュアンスにもとれます。詰まり、助詞「も」が持つ 思いの他、意外な等のニュアンスに拠り、話者や当事者は、何れも意外にも気持ちが傾いていると云うニュアンスとして述べます。一方、助詞「は」の場合、そ の文章の背景に含み持つ不確定なニュアンスに拠って、他にも様々な状況や状態があるのでしょうが、或る事柄に就いては、既に話者や当事者の気持ちに決まっ ていると云うニュアンスの文意になります。そうした違いを考え併せて、表題の「まんざらじゃない」と云う語句の助詞を変えて言い換えると、夫々、助詞の機 能に拠って以下の如き文意になります。

  「まんざらじゃない」=一つや二つの不満や不安を除けば、略、気持ちは決まっている。
  「まんざらでもない」=意外にも、気持ちは向いている。
  「まんざらではない」=不確実な要因はあるけれども、多分、気持ちは傾いている。
  「まんざらでない」=未だ、殆ど気持ちは変わってない。

 また、何かを選んだりする時、「これは、どうですか?」「これは、いいですか?」等と問われて、話者の選んだものに対する評価として使われる言葉として「いいじゃ(や)ないの」は、(他のより・中では)良く似合ってるよ、センスいいね等のニュアンスになりますが、これを「それ、いいじゃないの」にしますと、前のも良かったけれど、同じくらい良い。また、「それ、いいじゃないの」にしますと、前のより、(ずっと・もっと)良いになります。
 これを「いいじゃ - ないの」に言い換えると、選んだ当事者に不満があってか、「悪くはないけれど」や「どこが気に入らないの」等、何故なの?と云ったニュアンスになります。 更に、「いいんじゃ - ないの(「いいのでは - ないの)」にしますと、当事者の「これも良いでしょう?」に対して、本当かよ、センス悪いけど。好きにすれば。或いは、「これも良いと思うのだけど」に対 して、もう、いい加減にしろよ。早くどれかに決めろよ等のニュアンスで突き放して応えたと考えられます。

「まんざら(満更)」=広辞苑に拠ると、正に、全く、一向(ひたすら)、(常に打ち消しの語を伴って)全く、それと定まっていない状態で、必ずしも悪いわけでない。かなり気に入っている事を婉曲に表すとし、或る国語辞典は「真っ新」の変化とする。
助詞「や」=異空間や異集団から取り出して既存のものと同列に繋ぐ。「古池や蛙飛び込む水の音」=目の前ではなく別の場所なのか、想像上なのか、その池に蛙が飛び込んで水音を立てた。→ 古い俳句界に芭蕉が新風を吹き込み、波紋を起こした。




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  1. 2015/06/28(日) 12:11:12|
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