見まごう邪馬台国

◇論者の意図

 論者は以下の如く続ける。【「從」と「自」の相違について詳しく述べよう。「東夷伝倭人条」は「從」「自」の二字が「from~」、詰まり、「~ヨリ」 の意味に使われている。何故、一つの「~ヨリ」と言う表現の為に「從」と「自」という二つの別字を強いて使い分けるのか。ここに作為性がある。
 この「從」「自」という二字は共に「~ヨリ」という同意を持つが、字形も本義も異なっている。その相違性が(1)文と(2)文の主意の相違性を培う淵源になっている。つまり、「從」字にない義を「自」字が持ち「自」字にない義を「從」字が持つと言う関係が二文の主意の相違性を創出しているのである。これが二字の引用される理由である。】

 上記、「從」と「自」の何れも「~ヨリ」とするが、この二つの違いは、前回で述べた通りで、先掲の読み下し文では「~から」と「~より」を使い分けるのが、その相違性と思う。尚、論者は、「三国志」の120年程前に成立したため、語義等の引伸が少ないと云う理由で、採用する『説文解字』と云う漢字辞書には「從=随行也。从从。从亦聲」とあり、その本義は「随行」とするにも拘わらず、論者には何らかの意図があるのか、「人の供となって従い行く」の義を持たないとし、以下の如く説明します。

 【「随」字の本義は「從也」とある。その義符は「从+辵」であり、「辵」字の義に 因っている。「從」字の義符は「从从。从亦聲」とあり、「從」字が会意形声文字である事が判ると同時に、「辵+从」の二字の本義が重なって出来る新たな意 味範囲に「從」字の本義がある事になる。詰まり、随と從の二字の義符に「辵」字が共存する。そこで「辵」を先ず検証する。『説文』に拠ると、「辵」の本義は 「乍行乍止也」である。「乍~乍~」という形の句は、二つの「乍」字の次の動作を順次繰り返す句である。随って「行と止」の二字は繰り返す。「乍行」の「行」 字には進む者が止まるという意味がある。随って「乍行乍止」とは厳格に言えば、1進み、そして2止まるという動作と、3止まるという三つの順にある行為を 繰り返す意なのである。止まったものを、更に「止」まると許慎が述べるのは、3「止」字が2の、それとは異なった「トマル」の意である事に他ならない。】

 例えば、白川静編「字統」辵=彳(小径)+止(歩)、辵=走って越える(躇)=迷わず(⇔躊躇)とし、「春秋公羊傳」階を辵(こえ)て走るが若くす。今本は「躇」は走って越える意とあり、その訓「シタガフ(下合う)」からも、何らかの基準(海民の水先案内)で以て迷わずにとなる。詰まり、「従」の本義「随行」は、何らかの指示や方法に従い後から付いて行くと考える。論者は、旧くは使われていた用法が、或る時代に変化し、現在は失われたと云うのだろうが、漢字が持つ基本語義から大きく外れると文字の機能にも影響すると思う。例えば、町の映画館へ行く途中で、A君の家に寄り、一緒に向かい交差点を歴て到着した。とすれば、映画館に行くという動きは止まないと判る。
 >止まったものを、更に「止」まると許慎が述べるのは、3「止」字が2の、それとは異なった「トマル」の意である事に他ならない。とするが、文脈から循海岸水行を始め、次の停泊地に着き、休息をとり、乗組員や船を代えて、再度、沿岸航行を始めた場合、一時停止だが、上陸した等の示唆がないので、目的地に 到着すると云う全体としての行動は続く。詰まり、一度に二つ以上の事の乍(ながら)と、「從郡循海岸水行」と云う記述に、「歴」を併せて倭の北岸に至る迄、半島沿岸部の水道を水行したり、碇泊しながら南へ東へ、点々と移動するとせざるを得ないと思う。以下次回に続く。

説文解字(せつもんかいじ)=AD100年頃に成立した中国最古の部首別字書。後漢の許慎撰。中国文字学の基本的古典。15巻。漢字九千字余を540の部首により分類、六書(りくしょ)の説により字形の成り立ちと、夫々の漢字本来の意味を解釈した書とされる。
辵(ちゃく)=>「進む(之繞)」の意、『説文』乍(たちま)ち行き、乍ち止まるとするが、甲骨文字や金文や基に漢字を読み解いた白川静氏の「字統」では、彳(小径)と止(足)とに従う。道を行く意。止は歩むの意とする。
「行」=『説文解字』に「行、人之歩趨也。从彳(進む)・亍(佇む)」とある。これに就いては、次回に論じる。
春秋公羊傳=魏・趙・韓の三国が晋を分割し諸侯に封ぜられてから秦の統一に至る戦国時代(BC403~BC221)の成立。
随(まにま)に= 〔副〕そのままに任せる。物事の成り行きに任せる→既知の情報や他人に任せる。
歴=「暦」と同系、「字統」本来、厤(軍門のある所)と、曰(祝詞を収める器)や 止(往来のある所)の違い。何れも行軍に関わる漢字と在り、行軍して点々と移動するといったニュアンスを含む。歴史・歴訪、太陰暦(日毎に満欠)等と使われるのは後の転義とする。「経」=直線的な移動。
関連記事
スポンサーサイト
  1. 2015/09/10(木) 16:24:32|
  2. 5.思惑と意図
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<◇「行」と「止」 | ホーム | ◇論者の思惑>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://mimago.blog.fc2.com/tb.php/71-59c566bf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)