見まごう邪馬台国

◇「行」と「止」

 論者は、「行」字に就いて以下の如く述べる。【『説文』に「行、人之歩趨也。从彳亍」とある事について、『説文』の「趨」字の本義叙述には「走也 从走芻 の聲」とある。つまり、「趨」は走る事をいう。その「走」字を『説文』に見ると、「趨也。从夭止。夭止者屈也」とあり、「夭」と「止」の合字である事が分 かる。「夭」とは、人が頭を曲げて体の正しからざる貌を象ったもの、或いは、屈んだ人の姿を象ったものである。「止」字は地に在って止まっている足の意である。何れにせよ、二字は体調悪く蹲くまっている人を連想させる。「走」の字義が屈んで動かない人の姿である事が分かる。】

 先の「字統」は「行」を交差点とする。おそらく、行き交う人や佇む人、様々な人々が 居り、目的の終着点ではない。「彳+亍」=少し歩く。立って少し進むと云う二字熟語で、彳(てき)=躑(佇む)、亍(ちょく)=躇(走って越える)と云う 音からの付会で、前者の「彳」は左足の歩行、後者の「亍」は右足の歩行を表すと云う。おそらく、両方を合わせて歩いたり、佇み休んだりと、歩き進む事を表すと思う。

 【「彳(すすむ)」の義が関わる本義叙述部分=「人之歩」=「歩いている人」と、「亍(とどまる)」の義が関わる本義叙述部分の「趨」=歩みを止め、屈みこむ事となる。詰まり、『説文』の「行、人之歩趨也」語の訳は、「行」字とは1歩いている人が、2歩みを止め、屈み込む事となる。二字、夫々の持つ字義 範囲がオーバーラップして醸す全体の意義が「行」字の持つ本義なのである。この解釈であれば、「行」という會意文字の構造原理に違背しないのである。『説 文解字』の「行」字には進む者がやがて停止するという字義があるのである。】

 『説文』走=夭と止の合字とするので、この「止」を本義叙述部分の「趨也。从夭止。夭止者屈也」=歩みを止め、屈み込むとするのだが、漢和辞典には「夭=若い」とあり、「夭折」を走る如く早く亡くなる事とすれば、「夭」=首を傾げる貌→人が走る姿の象形で、身体を傾け、大地に付けた足を交互に前へ出して進む事になり、「趨」=走る、速やかに、 とあり、「止(足先の象形)」は、足を大地に付けて立ち、動かない事、「歩」は両足を交互に上下して進む事になる。更に、漢和大辞典「屈」項、曲がって窪 む。「解字」尸(尻)を後ろに突き出す=人が頭を垂れる姿。「字統」犬等、尾を曲げる=従順な姿とあり、何れも「夭」と近い語義を併せ持つとして良い。

 【許慎が、明らかに「行」字に「進みつつあるものが、止まる」という義を認めていた一つの証について、ススムと言う義の「月+止」字が、そのよき例であ る。「月+止」は『説文解字』の「止」部の属字である。「止+月(肉月)」との会意。許慎は、その本義叙述を次の様に記す。「月+止=不行而進謂之」、こ こに「行」字が引用されている。「行」字に止まる義が付与されているからこそ、「不行」と用い止まらずに進む事を「月+止」というと読める。】

 私見では、「行」は人が歩き、走り、偶には、休み、佇みながら、目的のための行為を続け、遂げるか、為すか、障害があって遂行できない等の事情で、 「至、成、止、諦」等とされない限り、その行為は止まらない。上記、「不行而進謂之」を読み下すと、行かざるが、而して進む、これを謂う。となり、気持ち とは裏腹の状態、気持ちに反して身体を動かす、或いは、気持ちはあるが、動かない等で、本来、否定の意味だった「肯」も、自ら望まない、仕様がない、無理矢理等のニュアンスになり、この補足資料や説明にはならないと思う。

趨=「走」と「芻(刈草の象形)」の聲(発音)を併せた字とあるが、殆どの漢字が偏と旁に拠り成立するとすれば、同音にされる理由があり、その発音にだけではなく、通底する語義にも関連すると思う。冬の到来の早い河北やモンゴルでは、凍りつく前、速やかに草を刈り取ると云う事に繋がる。
「行」=字統では、『説文』=人の歩数。『卜辞』=道路を意味する文字が二つ重なる十字路、「街」「衢」に使われる事からも判る。
走=人が素早く動くと云う語義の字に、人が屈み動きを止めると云う語義が内包されるとすれば、文字としての体をなさず、その機能も失われる。
若い=「若い数字」と使われるので、歳をとっていないと云う意味ではなく、芽吹いたば かりの成長していない草木(成人していない)で、支えや庇護を必要とする状態となる。尚、夭[・ıog][・ıɛu][ieu]、幼[・iog][・ iɛu][ieu]と略同音で、近い語義と考えられる。
肯(がえん)ず=本来持っていた否定の意味が失われて、後代、受け入れる意味に転じたと在り、渋々、肯く、仕様がなく肯く等のニュアンスか。打消には下に否定の助動詞を添え、ガエンゼズ(ガエンジエナイ)・ガエンジナイという形で、幾ら何でも肯く事はできない等の意味で用いられる。 
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  1. 2015/09/19(土) 11:51:59|
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