見まごう邪馬台国

◇「方可~里」と「方可~餘里」

「魏志東夷伝倭人条」對海(對馬)國~、所居絶島、方可四百餘里。一大(一支)國~、方可三百里と云う記述がある。對海(對馬)国の所居絶島は、現在の地図を見ても分かる様に、略50㎞四方に離島や陸地のない完全な離島だと知れる。一方、南側、15~20㎞地点に他の離島のある一大(一支)国に、その記述はないので、編者陳寿は、こうした位置関係を正確に把握していたと分かる。また、この両島には何れも「方可~里」と同単位の記述があり、通説的には、この「~」を、その数値を一辺とした正方形や平行四辺形の面積とするが、「方~」とし、その数値を上回る事、下回る事、何れもとするにも関わらず、何故か、前者は「方可~里」とする。殆どの研究者や論者は単に、その数値を上まわる事とするのか、そんな小さな事には目を瞑れとでも云わんばかりに無視するが、何の意味もないとして良いのだろうか。手持ちの漢和字典に拠ると、「方」「可」「餘」は下記となる。尚、アルファベットは順に上古音(周・秦)、中古音(隋・唐)、中原音(元)とする(以下同)。
[pıaŋ][pıaŋ][faŋ]=四方・方角、行き先、並べる・比べる、筏、仕方・方法、直線的に張り出ている様、四角・四角い、当に・当たる。「解字」左右に柄の張り出たスキ(鉏)を描いた象形文字で左右に直線的に伸びる意を含み、方角の意。「字統」架屍=横に渡した木に人を架けている形、これを境界の呪禁とする。四方遠方の称に用い、辺()と共通義が多い。
[pān][pen][pian]=辺り、端・果て、縁、畔り、「解字」臱(めん・へん)は、自(鼻)+冖+八=両側に分かれる+方=両側に張り出る、行きどまる果て迄歩いて行く事を表す。「字統」鼻の竅(あな)を上に台に置いた形、首祭として知られる祭梟の俗を表す。それを道路の要所に置いたもので、異族霊の支配する所(辺鄙・周辺)。その辺境を断首祭梟で以て守り、邪悪を祓うものは「殷」の陵墓にも見られる。
[k`ar][k`a][k`o]=宜しい・差し支えない、「べし」=(事情から)~して良いと認める、勧める気持ち、気持ちを起こすに値する、「ばかり」=まあ、それぐらい。「字統」祝禱の器と木の柯枝に従う。神に祝詞を捧げて祈り、斧柯・柯枝で以て器に呵責を加えて祈願成就を迫る意、それを神が聞く事=可(べし)、神の我に許す=許可。神が行うに値するには、是非すべし、まあ宜しいとが在り、後者が「~ばかり」に派生する。
[hiag][hio][hiu]=(字統)声符「午」、神が聴許する意、神意を宣明する事。字統「午」=祝禱の際、殴打を加える呪器で、「御」の初文(午+卩)にも含まれるもの。呪器で災禍を禦ぐ事を原義とする。本来、神が聞き入れて聴許する事を云い。人の許す事。「可」と併せて許可。
(余)[diag][yio][iu]=あまる、必要以上、はみ出た端数、その他の物事、残る・残す。旧字「餘(食+余)」は食料の余剰分、食物に余裕のある事。「解字」余=スコップで土を押し広げる+八(分散させる)、舒(のばすの・ゆったり)の原字。一方、「字統」取っ手のある細い手術刀の形、この字を要素とする「兪」「瘉」「癒」等、金文「兪」字形では、右下に一曲線を添える事が多く刀で膿血を破る意を示す医療に関連し、「除」「徐」「途」等は道路の修祓に関する字。尚、一人称代名の用法は当て字だろうが、夫々、特定身分の王子の名として固有名詞的な用法も在り、「予」=予定された嫡嗣と「餘」=予以外、「我」=区分無しかも知れない。
漢字は、絵文字的な単一語義から発生し、別の文字を併せて語義を派生させた。詰まり、「余」=膿血と云う余計な物が取り除かれる事、食み出す事=余分、食偏が付いて食料の余剰分となる。この字は、均して広げ、斗升等で必要分を除外した後の残余とすれば、「特定の単位や枠に充て填らない」と云うニュアンスになる。

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  1. 2014/06/24(火) 17:33:23|
  2. 2.領域の表記
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